「去年の4月の中頃。時期的には永山高志が死んですぐの頃だ。桜の散り始めた頃だ。俺は勤務時間が終わると墨田署から安禄山迄白鬚橋を渡っていつもこの通りを歩いていた。日課のようなものになっていた。その都度あの黒塀の家が気になった。なんか臭うんだな。しょっちゅうではないが、いかにもやーさんといった風体の男があの家に入っていくのを見たことがあるし、一度見かけたことのある女主人も、どう見ても素人には見えなかった。その日、何の気なしにあの家の裏手に回り細い路地を這入ると裏庭の垣根から内部が垣間見えた。人通りが殆どないんで安心して覗き見ることができた。裏庭は二〇坪程の広さで垣根のすぐそばに小さな祠のようなものが立っていた。大きさは祠程度だが上にあずまやのような杉皮で葺いた屋根があったが、それ自体には屋根がなかった。電気炉だと今日分かった。真後ろに近寄ると輻射熱があった。しゃがみこんで庭に目を凝らしているとあの和室の縁側から若い女が木のサンダルを履いて出てきた。庭の芝生は春もまだ浅かったので虎斑模様だった。部屋の灯りが逆光になって顔は見えなかったが多分奈津子だ。右手に料理用のイチゴ模様の薄手のグローブをつけていた。俺はとっさに輻射熱を放つ小さな建造物の裏手に隠れた。垣根の遮蔽があるとはいえ和室の照明がまともに当たっていた。向こうからは丸見えだ。実際和室の照明が垣根越しに路地に鹿の子斑に漏れていた。小さな取っ手を開く音がして四五分の間奈津子がしゃがみこんでごそごそと作業をしているような音がした。パタンと小さな扉を閉じる音がして木のサンダルが縁側に戻って行く音がした。縁側の硝子戸が開いて閉じる音を確認して裏庭を見ると生垣のすぐ奥にあのバッジが落ちていた。ほかにもかけらが随分あったが、ちょっと手が届かなかった。腕を生垣にねじ込んで拾ったあと、どこかの代紋だとすぐ思った。翌日から暴対の資料でやくざの代紋を当たってみたが同じものはなかった。他にもいろいろ当たってみたが、何のバッジかさっぱり見当がつかなかった。暴対の連中に見てもらったが見たことがないと言う。そうこうしているうちに今年になって敬子の転落死があった。そのとき半年位前の水野栄子の溺死を思い出した。中田老人の黒塀は二つの事件現場の丁度中間にある。そこでピンと来た。これは何か関連性があるかも知れない。実際、敬子の事件の前に不審な男がいて、


