「しかし、差別のない社会なんかありうるのかな。警部補と警部の差別がなければ組織は成り立たない。男と女の差別がなければ家族は成り立たない」
と南條がぽつりと言った。
「中田老人はゆえのない差別って言ってましたよね」
と土岐はうつむき加減に自分の爪先を見つめて歩きながら言った。南條はそれに答える。
「どんな差別にだってそれなりの理由がある、良し悪しは別として。セクハラだって嫌いな男がやるからセクハラになるんだ。女の方が男を好きと嫌いで差別している。嫌われた方は故のない差別と思うんじゃないか?部落差別は社会的な差別だが人の差別は人が人である限り、なくならんだろう。差別が犯罪の一つの温床となっているというのなら犯罪はなくならんということだ。それに、いつもそうだが、俺達は犯罪のほんの一部分しか見てない。裁判になれば検事が冒頭陳述でそれらしい作文で犯罪の全貌を描き出すが、あれだってごく一部分だ。犯罪は犯罪者が己の全存在をかけて犯すものだ。所詮今回の事件だって俺達は殆ど何も知っちゃいないんだ」
「でも」
と土岐は蒸し返すようにして、
「例のバッジがなぜ敬子の転落した現場に落ちていたのか、まだ良く分からないですね」
と待乳地山聖天の石塀を右手でなでながら歩いていた。そのうち南條の気配が傍らにないことに気づいた。土岐の視界から不意に消えた。振り返ると南條は二三メートル後ろの歩道でうつむいて立ち止まっていた。土岐と視線が合うと突然まだ陽だまりのうっすらと残っている歩道の上でがくりと膝を折って両手を膝の上において土下座した。
「すまない。お前を騙してた」
とニューヨーク・ヤンキースの野球帽のつばが歩道に触れる程深く頭を下げた。その姿に土岐は唖然とした。普段、土岐に対して高圧的に接している南條からは想像もできない行為だった。まだ何かを話しているようだったが、南條の声は歩道に吸い込まれて、土岐には聞き取れなかった。土岐はどう反応していいか分からずに二三歩南條に歩み寄った。南條は土岐の足元が見える程度に顔を上げた。
「許してくれとは言わねえが禁手を使ってしまった己が恥ずかしい」と言う南條の傍らに土岐はしゃがみこんで、
「どういうことですか?ズボンが汚れますよ」
と南條がぽつりと言った。
「中田老人はゆえのない差別って言ってましたよね」
と土岐はうつむき加減に自分の爪先を見つめて歩きながら言った。南條はそれに答える。
「どんな差別にだってそれなりの理由がある、良し悪しは別として。セクハラだって嫌いな男がやるからセクハラになるんだ。女の方が男を好きと嫌いで差別している。嫌われた方は故のない差別と思うんじゃないか?部落差別は社会的な差別だが人の差別は人が人である限り、なくならんだろう。差別が犯罪の一つの温床となっているというのなら犯罪はなくならんということだ。それに、いつもそうだが、俺達は犯罪のほんの一部分しか見てない。裁判になれば検事が冒頭陳述でそれらしい作文で犯罪の全貌を描き出すが、あれだってごく一部分だ。犯罪は犯罪者が己の全存在をかけて犯すものだ。所詮今回の事件だって俺達は殆ど何も知っちゃいないんだ」
「でも」
と土岐は蒸し返すようにして、
「例のバッジがなぜ敬子の転落した現場に落ちていたのか、まだ良く分からないですね」
と待乳地山聖天の石塀を右手でなでながら歩いていた。そのうち南條の気配が傍らにないことに気づいた。土岐の視界から不意に消えた。振り返ると南條は二三メートル後ろの歩道でうつむいて立ち止まっていた。土岐と視線が合うと突然まだ陽だまりのうっすらと残っている歩道の上でがくりと膝を折って両手を膝の上において土下座した。
「すまない。お前を騙してた」
とニューヨーク・ヤンキースの野球帽のつばが歩道に触れる程深く頭を下げた。その姿に土岐は唖然とした。普段、土岐に対して高圧的に接している南條からは想像もできない行為だった。まだ何かを話しているようだったが、南條の声は歩道に吸い込まれて、土岐には聞き取れなかった。土岐はどう反応していいか分からずに二三歩南條に歩み寄った。南條は土岐の足元が見える程度に顔を上げた。
「許してくれとは言わねえが禁手を使ってしまった己が恥ずかしい」と言う南條の傍らに土岐はしゃがみこんで、
「どういうことですか?ズボンが汚れますよ」


