「札ばかりで千百四十三円を賽銭にしたというような噂を俺も誰からか聞いたことがあるが、どこかの宮司か禰宜が面白おかしく捏造したんだろう。部落民だって同じ人間だ。差別される理由は何もない。差別の理由は全て故のない捏造だ。学校のいじめも同じようなもんだ。故のない差別は間違いなく社会に歪みをもたらす。俺は受けた差別に対する復讐ばかりを考えて生きてきた。だが好景気の度にこのムラから外に出て行く若者が増え、部落は自然消滅して行った。そういう状況で殊更部落解放運動を叫ぶのは寝た子を覚ますようなもんだという風潮が次第に強くなってきて、運動そのものが尻つぼみになって来た。
部落の入口に同和問題の解決を訴える馬鹿でかい看板を掲げていたが、それも知らないうちに撤去された。解放運動が実を結んだ訳ではない。高度成長時の激しい人の移動がこのあたりの部落の存在を知らないうちに雲散霧消させた」
と言って中田老人は大きくため息をついた。そこに初老の女がお茶を持って入室してきた。光線の加減で庭に面した大きな硝子戸からの光を受けると皺が消え四十前後の年増女に見える。座卓卓の上に二つ、ベッドのサイドテーブルに一つ、今戸焼きの湯呑みを置いて無言のまま愛想笑いを浮かべながら音もなく出て行った。
「湯呑みは庭の窯で焼いた物だ。20センチ程度の電気炉だ。千度近くの熱が出る。アメリカ留学から帰ってきた奈津子が七宝をやるんで炉が欲しいと言うんで買ってやった。この近辺に六つ今戸焼きの窯があったが今は皆無だ。いい土じゃないからこの程度の物しかできない」と老人は湯飲みを目の高さに掲げ、回転させながら眺めている。
「三角形が三つ繋がったバッジはここで焼いたのか」
部落の入口に同和問題の解決を訴える馬鹿でかい看板を掲げていたが、それも知らないうちに撤去された。解放運動が実を結んだ訳ではない。高度成長時の激しい人の移動がこのあたりの部落の存在を知らないうちに雲散霧消させた」
と言って中田老人は大きくため息をついた。そこに初老の女がお茶を持って入室してきた。光線の加減で庭に面した大きな硝子戸からの光を受けると皺が消え四十前後の年増女に見える。座卓卓の上に二つ、ベッドのサイドテーブルに一つ、今戸焼きの湯呑みを置いて無言のまま愛想笑いを浮かべながら音もなく出て行った。
「湯呑みは庭の窯で焼いた物だ。20センチ程度の電気炉だ。千度近くの熱が出る。アメリカ留学から帰ってきた奈津子が七宝をやるんで炉が欲しいと言うんで買ってやった。この近辺に六つ今戸焼きの窯があったが今は皆無だ。いい土じゃないからこの程度の物しかできない」と老人は湯飲みを目の高さに掲げ、回転させながら眺めている。
「三角形が三つ繋がったバッジはここで焼いたのか」


