祭りのあと

 暫くナースステーションとやり取りがあった。電話口の向こうの看護師が一方的に話しているようで受付の看護師は聞き役になっていた。
 その看護師が内線の受話器を置いて南條に語りかけた。
「中田さんは自宅療養で、入院しておられませんとのことです」
「ガンが全快したということですか?」
 看護師は少し言うのをためらっている。南條の鋭い眼光に見つめられると、少しためらって、おびえるように小声で話し出した。
「本当はお身内の方以外にはお話できないんですけど、体力的に手術ができないそうで老人性で進行もそれ程早くないらしいので、ご本人のご希望もあってご自宅の方で療養することになったそうです」
「自宅でターミナルケアということですか」
という南條の言葉に看護師はあたりを見回してうなずくでもなく、何も返答しなかった。
「自宅はどこ?」
という南條の質問に看護師は躊躇いの表情を見せた。
「令状はないけど住所を教えることはプライバシーの侵害にはならんでしょう。あなたから聞いたとは言いませんから」
という南條の説得で看護師は背後のカルテルファイルから該当ファイルを取り出し病院のメモ用紙に住所を書き移した。
〈台東区橋場一丁目一の三十四〉
「ありがとうございます」
と言う南條の声に、
「一一三四」
と言う土岐の声がかぶっていた。病院を出ると南條はすぐにタクシーを捕まえた。
 千住桜木経由で日光街道に出て千住大橋を渡り南千住で山谷通りへ左折し、涙橋で明治通りに左折し、白鬚橋の手前を右折した。
「能美さんと来たことがありますよ」
と言う土岐の声に南條は全く反応しなかった。ワンブロック行ったところで南條はタクシーを止めた。
「この辺だ。浅草署時代にはよく歩いたところだ」
 土岐が先に出た。住所表示のプレートを探した。一丁目一の三四のブロックは黒塀に囲まれていた。
「このあいだの黒塀だ」
「やっぱりここか。末期ガンじゃもう逃げる気力もないだろう」
と南條は感慨深げに黒い格子戸の玄関の前に立った。
〈中井〉
という表札がかかっていた。玄関右の郵便受けの上にあるインターフォンを押すと、年老いた女の声がした。
「つかぬことを伺いますがこちらに中田さんはおられるでしょうか」
と問う南條の声がインターフォンに吸い込まれてから少し間があった。
「どちらさまでしょうか」
と訪問者の意図をさぐるような声がした。