待合室に入ったときテーブルの上に飲みかけの湯呑みが二つ出ているのを黒いパンプスを脱ぎながら規子は怪訝な目付きで見た。それを察知した土岐はテーブルに腰掛けながら湯呑みを自分と南條の前に置きなおした。それを南條がおやっというような顔でみている。
「海水につかってるので時間が掛かると思います」
「葬式も火葬場もあまり来たくない所です」
と南條がポツリと言った。浪江が野球帽を脱いだ南條のまばらな頭髪を見上げたとき、いまにも倒れそうな小柄な老人が杖をつくのもやっとという様子でひっそりと待合室に入室して来た。すぐ、倒れこむようにして椅子に腰掛けた。
「中田さん」
と浪江が若やいだ声を上げた。土気色の死相の出ているような老人だった。腰が折れ背中が少し曲がり、そうでなくても高くない身長が子どもぐらいの高さに見えた。
「中田と言います。長田浪江の従兄にあたります。故人とは殆ど面識らしい面識がないんですが町屋に住んでるもんで故人にお別れするというよりも浪江さんに会って慰めるために老骨に鞭打って来ました」としわがれてかすれて、かろうじて聞き取れるような声で言った。
浪江が三人を紹介した。
「向かって一番右の方が舞浜署の高橋刑事さん、その隣の方が墨田署の南條刑事さん、一番左端の若い人が南條刑事さんの助手のトキさん。嫁の規子は知っていましたよね」
「皆さん警察の方ですか。あまりお世話にはなりたくないもんですが」と肩で息をするようにして言う。その間規子が甲斐甲斐しく全員にお茶を淹れていた。淹れ終えたところでポットのお湯がなくなった。
「失礼ですが中田さんと浪江さんはどういうご関係なんですか?」
と高橋が弔問客のとむらいの目ではなく、刑事の嫌疑の眼で聞いた。それに浪江が答えた。
「私の母の姉の長男になります」
「お住まいはずっと町屋なんですか?」
と南條が思案顔で質問した。
「戦後からずっと町屋です。本革の鞄を作ってたんですがビニールや合成革や模造品にとって代わられてずいぶん前に仕事がなくなって今は細々と修理専門で年金でかつかつの生活をしてます」
と中田はすだれのように垂れ下がった白く長い眉毛の下から南條を見上げた。
「永山奈津子、という人をご存知ですか?」
と南條が聞くと、中田の窪んだ目が泳いだ。ちらりと浪江と視線を合わせた。
「いいえ」
「海水につかってるので時間が掛かると思います」
「葬式も火葬場もあまり来たくない所です」
と南條がポツリと言った。浪江が野球帽を脱いだ南條のまばらな頭髪を見上げたとき、いまにも倒れそうな小柄な老人が杖をつくのもやっとという様子でひっそりと待合室に入室して来た。すぐ、倒れこむようにして椅子に腰掛けた。
「中田さん」
と浪江が若やいだ声を上げた。土気色の死相の出ているような老人だった。腰が折れ背中が少し曲がり、そうでなくても高くない身長が子どもぐらいの高さに見えた。
「中田と言います。長田浪江の従兄にあたります。故人とは殆ど面識らしい面識がないんですが町屋に住んでるもんで故人にお別れするというよりも浪江さんに会って慰めるために老骨に鞭打って来ました」としわがれてかすれて、かろうじて聞き取れるような声で言った。
浪江が三人を紹介した。
「向かって一番右の方が舞浜署の高橋刑事さん、その隣の方が墨田署の南條刑事さん、一番左端の若い人が南條刑事さんの助手のトキさん。嫁の規子は知っていましたよね」
「皆さん警察の方ですか。あまりお世話にはなりたくないもんですが」と肩で息をするようにして言う。その間規子が甲斐甲斐しく全員にお茶を淹れていた。淹れ終えたところでポットのお湯がなくなった。
「失礼ですが中田さんと浪江さんはどういうご関係なんですか?」
と高橋が弔問客のとむらいの目ではなく、刑事の嫌疑の眼で聞いた。それに浪江が答えた。
「私の母の姉の長男になります」
「お住まいはずっと町屋なんですか?」
と南條が思案顔で質問した。
「戦後からずっと町屋です。本革の鞄を作ってたんですがビニールや合成革や模造品にとって代わられてずいぶん前に仕事がなくなって今は細々と修理専門で年金でかつかつの生活をしてます」
と中田はすだれのように垂れ下がった白く長い眉毛の下から南條を見上げた。
「永山奈津子、という人をご存知ですか?」
と南條が聞くと、中田の窪んだ目が泳いだ。ちらりと浪江と視線を合わせた。
「いいえ」


