と南條は土岐に語りかけた。土岐はうなずくだけだった。どの写真も日本経済が高度経済成長を謳歌していた時代を背景として香港、台湾、ハワイ、アメリカ西海岸の海外旅行や国内温泉旅行やスキー等の行楽の際に一眼レフカメラで撮ったものだ。プロの写真屋らしく、いずれのスナップ写真もそれなりに構図を配慮しているように見えた。撮っているのが亭主のせいか、家族三人が納まっている写真はあまりなかった。中に一枚だけ、浪江と他の写真とは違う中年の男が満開の桜の木の下に笑顔で座り、尊広が二人の間に中腰ではさまれている写真があった。尊広は四五歳位で、まぶしそうにベレー帽をかぶり左手に丸いせんべい、右手にラムネを持っていた。ベレー帽をかぶった尊広が一人で映っている写真もあった。背景に大きな看板があり、看板の後に上野動物園の柵があった。
「上野の桜か」
と南條は土岐の同意を求めるでもなく、その写真を抜き取ってポケットにしまった。他のアルバムは尊広の成長に合わせて撮ったもので小中高の学校、写真専門学校時代の尊広が様々なシチュエーションで写真に納まっていた。最新のアルバムは尊広の結婚式で始まり誰かの盛大な葬式で終わっていた。仰々しい葬式で献花の名札から組関係者のように思えた。最近のアルバムは一冊もなかった。
「アルバムは作らなくなったということか。パソコンに収納しておけ
ばアルバムは不要になる」
と南條は自分に言い聞かせるように言った。
「長田尊広にも、それなりの人生があったということですかね」
と呟やくように土岐は南條に話しかけた。南條は何も答えずにポケットに忍ばせた写真を除き、全ての押収物をダンボール箱に戻した。
そこに小関が入ってきた。
「新幹線の座席指定取れました。東京行きの最終で、九時二十分発でおま。それから、これが長田尊広の母親の浪江の調書メモです。尊広の女房の規子の調書は東京に遺体の確認と死亡診断書の受取に行っているので、とれてまへん。今夜はこのへんで切り上げて串かつでもどうでっか。今夜は梅地下でなく、ちょっとレベル上げて、日本橋へ行きまひょか」
と土岐の顔を見ながら言う。
「上野の桜か」
と南條は土岐の同意を求めるでもなく、その写真を抜き取ってポケットにしまった。他のアルバムは尊広の成長に合わせて撮ったもので小中高の学校、写真専門学校時代の尊広が様々なシチュエーションで写真に納まっていた。最新のアルバムは尊広の結婚式で始まり誰かの盛大な葬式で終わっていた。仰々しい葬式で献花の名札から組関係者のように思えた。最近のアルバムは一冊もなかった。
「アルバムは作らなくなったということか。パソコンに収納しておけ
ばアルバムは不要になる」
と南條は自分に言い聞かせるように言った。
「長田尊広にも、それなりの人生があったということですかね」
と呟やくように土岐は南條に話しかけた。南條は何も答えずにポケットに忍ばせた写真を除き、全ての押収物をダンボール箱に戻した。
そこに小関が入ってきた。
「新幹線の座席指定取れました。東京行きの最終で、九時二十分発でおま。それから、これが長田尊広の母親の浪江の調書メモです。尊広の女房の規子の調書は東京に遺体の確認と死亡診断書の受取に行っているので、とれてまへん。今夜はこのへんで切り上げて串かつでもどうでっか。今夜は梅地下でなく、ちょっとレベル上げて、日本橋へ行きまひょか」
と土岐の顔を見ながら言う。


