祭りのあと

と電子レンジで夜食を出してくれた。薄紙に包まれたハンバーダーを差し出した白いむき出しの腕からボディーソープとお湯の匂いが立ち上った。象牙のような肌の下に青白い静脈が透けて見えた。
「明日の夜は、本番です。警察の邪魔者の南條警部補は、長田の機転できれいに排除したのでがんばって下さい」
と言われても、土岐は釈然としなかった。空腹のはずだが、口に含んだハンバーガーの味があまりしなかった。
「これはやっぱりテロでしょう」
と土岐はハンバーガーの中身を漫然と見つめながら言った。
「テロというのは大量殺人を言うのでしょう?しかも無差別。政治的なもの宗教的なものをテロと言うのじゃないのかしら」
と言う洗い髪のままの奈津子に生々しい女を土岐は感じていた。
「性格の悪い女が邪悪な人間を産むというのは一種の宗教じゃ?」
「でも、本当にそうなのよ」
「だって子供を産んでからじゃないと本当のことは分からない」
「成長して子供が生まれ、その子が二人殺した刑罰と自分の利益のためではなくて誤って一人殺した刑罰とどちらが重いかしら」
「それは、二人殺した場合だけど」
「人を殺すって簡単なのよ。駅のホームに立っている人を電車の進入と同時に押して線路に突き落とすのは誰でもできるでしょ。刃物を忍ばせて心臓を一突きにするのもそれ程難しいことではないし、食べ物に農薬を混ぜたり、車でひき逃げをしたり。善良な人は考えもしないことばかり。だから邪悪な人間はそういう人々を簡単に殺せる。善良な人々は、殺されてから邪悪な人間を罰する。ということは殺される迄は、そういう邪悪な人々は、いつでも殺したくなったら殺しなさい、と言われんばかりに野放しの状態に置かれている」
「でも、そういう邪悪な人はごく少数でしょ」
「そう。でもとてつもなく邪悪な人は大量の人を殺戮する。厄介なのはそういう邪悪な人は自分は英雄や救世主だと思ってること」
と奈津子は残り少なくなった土岐の手元のハンバーガーを見ている。
「まさか、イエス・キリストやモハメッドは善良な人でしょ」
「当然、キリスト教やイスラム教の信者はそう思っているでしょう。でも宗教戦争に名を借りて、この二千年近くの間に数億、数十億の人々が虐殺されたでしょ。人類の歴史はそういう殺戮の歴史でしょ」