祭りのあと

「犯罪は犯罪だけど軽微だし犯罪歴はないから今回は書類送検しないであげるけど。もう、こういう馬鹿なことはするなよ。いずれは博士さまになるんだろ?しかも、南條警部補の知り合いなんだろう」と小柄なサル顔の刑事は額に3本の皺を寄せて、さも迷惑そうに、恩着せがましく言った。須玉署を出るとき軽自動車の中から南條が近寄ってきて土岐の肩を抱え耳元で囁いた。
「これで定年迄間違いなく謹慎だ。何回目の謹慎か数え切れないが多分これが最後だろう。もう自由に外回りができなくなる。だがお前の所在地はこの間渡した携帯電話の微弱電波で、大体補足できる。充電していつも携帯しておけよ。何かあったら、その携帯電話でおれにメールを送信しろ」
 土岐は南條の声が盗聴されないように、ポケットの携帯電話を手で押さえていた。それに気をとられていた。あいまいな返事をした。南條の声は聞こえていたが、その声音は意味を持った情報として聞き取れなかった。土岐はまだ生きているという言葉を呪文のように繰り返していた。南條を須玉署に残し、山梨県警のパトカー先導で、レンタカーに乗った土岐が須玉インター迄誘導された。料金所の職員が何事かと戸口から首を出してUターンするパトカーを見送った。
土岐は夜の中央高速をすっ飛ばした。首都高の錦糸町で降りてガソリンを満タンにした。レンタカーを返却し、タクシーを拾って舞浜に戻ったのは深夜だった。奈津子が風呂上りの上気した淡いピンク色の頬で起きていた。化粧を落としたその顔に土岐はなまめかしいものを感じた。触れると吸い付きそうなきめ細かい肌をしていた。奈津子は白いネグリジェ姿のままで土岐を食堂に招じ入れた。土岐は今夜の顛末を逐一、奈津子に報告した。つい数時間前の出来事が、遠い過去の夢のように思えた。奈津子は最後迄黙って聞いていた。
「目障りな南條警部補の封じ込めに成功したようですね。あの人も気になる存在だけど定年で警察組織を離れれば、もう何もできないでしょう。あと3週間たらず。かりに同僚の刑事に申し送りをするとしても、今夜の件で信用はなくなったはずだから、これでひとまず安心ね。警部補のためにも良かったと思うわ。あと定年の日迄墨田署で静かにしていれば退職金を満額受取ることができるのだから。毎月、仕送りをしているお子さんや離婚した元の奥さんのためにもこれでよかったんだと思うわ」