祭りのあと

 あたりにいくら耳を澄ませても、時折聞こえてくるのは、枯れ枝をかすめる木枯らしの音だけ。漆黒の闇と谷底の清水のせせらぎだけがあたりを支配していた。エンジンを切った。ヘッドライドを落とした。下から登ってくる車の気配に耳を澄ませた。エアコンの停止とともに室内の温度が下降し始めた。五分たった。パワーウインドウを開けて耳を澄ませた。エンジン音のないのを確認した。パワーウインドウを閉めた。十分たった。小さな虫が室内に飛び込んでいた。パワーウインドウを開けた。手で追いやっても出て行かない。サンバイザーに止まった。漆黒の闇の中を時が緩やかに流れた。冷たく乾燥した空気の中で後頭部から背筋に掛けて悪寒が走った。一向に登ってくる車の気配はなかった。五分待って山を下ることにした。室温は外気よりも少し高くなっていた。五分たった。ヘッドライトをオンにした。レンタカーをそろりと発進させた。オートマチックのギアをセカンドに入れた。ブレーキをかけずにアクセルもふかさずに静かに斜面をゆっくりと下っていく。ヘッドライトの下の路面は車の下に巻き取られるように向かってくる。エンジンブレーキが利かなくなった。ギアをローに入れた。下りの傾斜が緩やかになると車がとまりそうになった。再びセカンドに入れなおす。それでも加速がきかなくなるとドライブにギアをチェンジする。ギアの入れ替えを頻繁に繰り返しながら下ってゆく。寝袋を投擲した交通標識に戻ってきた。標識どおり、警笛を鳴らし、急カーブを切ると、突然対向車が現れた。あわててブレーキをかけて止まる。対向車は幅寄せもせず、山道の中央に停車していた。ヘッドライトが小さい。軽自動車だ。すれちがうだけの幅員がない。土岐は相手の出方を待った。すれ違えるところ迄は上り下りとも二三十メートルはバックしなければならない。しびれをきらして土岐がバックしようとしたとき軽自動車の前に見覚えのある野球帽が現れた。
「土岐。車を降りろ。職務質問だ」