「七一年八月にはニクソン・ショックがあった。それから円高に」
「自殺率が高いのはその円高の影響ですかね?」
 二人から疎外されていた亜衣子が呆れたように土岐を睨む。
「だから、それはないってランチ食べながら確認したんじゃない。だって、傾向的に平均を超えているのは関西の府県だけじゃない。円高不況って、全国的なものでしょ。なんで、関東の都県がないの?」
「あっ!そうだ、関東がない」
と土岐は素直に驚いて見せた。それから亜衣子の方を向いて感心したようにうなずいて見せる。
「それより、八月の輸入課徴金の影響がその年にすぐ出るとは思えない。待てよ、そういう論法であるとすると前年の影響か?」
と言う深野の推論に被せるように亜衣子が自説を展開した。
「因果関係にはタイムラグがあるもの。原因が先で、少し時間をおいて結果が現れる。一九七〇年はどんな年だったんですか?タイムラグが二年だとすると一九六九年はどんな年だったんですか?」
 それを受けて深野が思い出の糸を懐かしそうに手繰り寄せる。
「唯一の思い出といえば大阪万博」
と深野が言いかけたところで三人の体の動きがシンクロナイズして一斉に止まった。一呼吸して深野がゆっくりと語り始めた。
「大阪万博は三月から九月迄、半年間やっていた。入場者は六七千万人だった。空前絶後の万博だった」
「でも、万博があると、なんで女の子の事故死や自殺率が、その周辺の府県で高くなるのか?」
と言いながら土岐は亜衣子を見た。
「お祭りのあとにできちゃって、ということかしら」
と言ってから亜衣子は自分の言ったことに顔を赤くした。
「そうかも。女子の方がコンマ一ポイント男子よりも高いし十五歳以上が圧倒的に多い。しかし事故死もあるし」
「事故死の中には自殺も含まれているかもね。担当の刑事が事後捜査が面倒くさいので自殺の疑惑があったのに事故死にしてしまった。家族もそのほうが世間体もいいし」
と亜衣子は思い付きを言った。これは深野に無視された。
「祭りの後にできちゃった仮説か。一応検証してみる?自殺の理由を警察庁のデータベースからとってごらん。七一年のデータをまとめて夕方また検討することにしよう」
と言い残し深野は椅子から立ち上がり自分の机の方に歩いて行った。