祭りのあと

「我々は名簿のたぐいを持たないので一種の会員証のようなもの。会員証であれば、いくつでもいいんんだが、BC3411年は我々の先祖が、虐殺者に復讐を宣言した年なんで」
と長田は、ハンドルをゆったりと切りながら、淀みなく言う。
「5千4百年以上前、ライン川支流のデュッセル川にある谷に住んでいた。現在の北ライン西ファーレン州にある。地理的にはデュッセルドルフに近い。一八五六年にこの谷でネアンデルタール人の化石が発見された」
「それでnか!」
「何がn?」
と長田はハンドルを握りながら落ち着いた声で聞き返す。
「メソポタミア文字のバッジ」
と土岐は長田の襟穴を助手席から指差した。
「初めてお会いしたとき舞浜でつけていましたよね」
「そう。ヨアヒム・ネアンダーにちなんで我々の仲間のしるしのバッジのロゴをメソポタミア文字のnにした。そう提案したのは我々の仲間のジェイソン・ノイマンという人物で」
「ジェイムズでは?」
と土岐はアナハイムでのことを思い出した。
「ジェイムズはジェイソンの息子。バッジがそうなったのは二十世紀前半の第二次世界大戦の初期のころ。もっとも、紀元前三千五百年ごろ、我々の先祖はメソポタミア地方にいた。メソポタミア文字を習得し、それ以降現在に至る迄使用している。メソポタミア文字が使用されなくなってからは、秘密の文書に使っていた」
「ヨアヒム・ネアンダーってどんな人ですか?」
「ネアンダーは英語的な発音でドイツ語発音では最後は巻き舌になってネアンデルになる。カルビン派の教会の神学者だった。一般的に讃美歌の作者として知られている。元々の姓はノイマンだった。それを同意のギリシャ語に変えてネアンデルとなった。十七世紀後半ハイデルベルクで家庭教師をしていた。デュッセルドルフでラテン語の教師に次いで聖職者となった。近くにデュッセル川があった。その谷で説教をしていた。十九世紀始めに彼にちなんで、その谷の名がネアンデル谷、つまり谷はタールだからネアンデルタールとなった。一八五六年にネアンデルタール人の骨が発見され、この地名が有名になった。北京原人もジャワ原人もみんな地名から来ている」
「あなた方の先祖はネアンデルタール人ということなんですか?」「かつてはそう信じられていたが最近のDNA鑑定で人類と〇・五パーセント違うことが明らかになった」