祭りのあと

「例のテレビ報道のあと、あの調査報告書の責任者を探した。それが君。君の身辺を調査した。深野という課長が聴きもしないのにぺらぺらとなんでも教えてくれた。両親がいない。就職していない。結婚していない。ガールフレンドもいない。つまり、君はある日、突然消えたとしても、社会的にほとんど影響のない人間だった。そこで、風評被害の解決という口実で君を舞浜に呼び出し、君の携帯電話に盗聴器とGPSつき電池パックを入れ更に調査した。次第に君は南條警部補を通じて様々な秘密を知るようになってきた。君がそこ迄情報を入手しなかったら、現在のような状況にはなっていなかった。君は兵隊だ。兵隊ということは消耗品。こちらにとって不都合になればいつでも消えてもらう。君が生きながらえるためには、こちらにとっていつ迄も好都合な人間でなければならない。変なことをしない限り、君の身体的自由は拘束されない。つまり、君は我々と利害をひとつにして、我々の仲間として行動すれば生存を保証されるが、そうでなくなれば、疑惑だけでも、その保証はなくなる」と長田は奈津子と同じようなことを平然と話した。バックミラーの周りの景色が泥のようにリアウインドに吸い込まれて行った。
 舞浜に着いて、永山整形クリニックで土岐に与えられた部屋は先週の水曜日の朝に目覚めた二階病室の個室だった。引越しは1時間あまりで完了した。解体したロフトベッドや机や本棚を部屋に入れると移動するスペースがほとんどなくなった。作業が全て終わると、夕方になっていた。オレンジ色の冷え冷えとした夕焼けが廊下側の窓から差し込み、ベッドをセピア色に染め上げた。深い疲労感が土岐の体を取り囲んだ。6時ごろになると室内電話のコールがあって、
「1階の食堂で夕飯です」
という奈津子の呼び出しがあった。その声に疲労を癒す清涼飲料のようなものを感じた。食堂は入院患者用のもので受付の奥の厨房の隣にあった。四人の食事にしては大きな食堂だ。厨房を使った形跡はなかった。惣菜はどこかで買ってきたものだ。土岐は食事には興味がなかった。奈津子の隣の幼児椅子に座っている男の子の容貌に釘付けになっていた。眉の太い角ばった輪郭だった。自分で食事ができず奈津子が世話を焼いていた。
「平均より小さいけれどすぐ二歳になるの」
「その子のお父さんは、どうしているんですか?」
「わかりません。私も一度会ったきりです」