「円高不況の話ですが、確かに中小企業の経営者の自殺は多かったかも知れませんが、今扱ってるデータは二十歳以下なんで」
「でも一家心中もあったんじゃないかな」
と深野は自説に固執する。
「だとすると京浜工業地帯の神奈川も自殺率が高くてもいいんじゃないですか?あの辺は零細工場が多いでしょ」
と土岐も譲らない。二人の会話に口に含んだパスタを咀嚼し終えた亜衣子が割って入ってきた。
「二人とも何言ってるの?問題は八四年からでしょ」
 昼食後、統計資料室に戻った。深野は土岐の椅子に腰掛けた。土岐が作成したグラフをスクロールする。
「なる程面白い。これにもっともらしい仮説を立てて検証結果を添付すれば新聞ネタにもなる」
と深野はにんまりした。キーボードをたたく指先で女子の自殺率や事故死率の表の数値で各年の各都道府県のデータで全国平均の一を超えるものを検索した。深野が検索にマウスポインターをあわせてクリックすると百個余りのデータが表示された。一・一を超えるものはなかった。表示されたデータは降順で最高値は千葉の一九八八年の一・〇八。数値の右には年度と都道府県の情報が並んでいる。
「都道府県でソートを掛けてみたら」
と深野の右隣に座っていた亜衣子が自分の両膝に両手を突っ張るようにして囁くように深野の耳元でアドバイスした。深野は先に指示されて悔しそうに言った。
「今そうしようとしていたところだ」
と一・〇五を超えるデータについて都道府県名で降順でソートする。大阪、京都、千葉、東京、和歌山の順にデータが並べ替えられた。
「これが、土岐・能美の湾岸仮説か。確かに異常のように見える」
「でも暦年でソートをかけたら別の仮説がでてくるかも」
と深野の左隣に座っていた土岐が少し腰を浮かせる。深野の顔色を横目で窺いながら提案する。深野が暦年の昇順でソートをかけると最初に出てきたのは七一年の大阪、京都、奈良、兵庫、和歌山、滋賀だった。深野が部屋中に響くような大声をあげた。亜衣子も意味不明の奇声を上げた。土岐が周囲を見回す。室員の視線が一斉に深野に向けられていた。皆ミーアキャットのように首を伸ばした。
「どういうことだ、これはいったい!?」
「七一年って何があった年ですか?」
 不意に深野はほんの僅か斜視の眼で天井の一点を睨むようにして見上げた。天井は古材の格天井になっていた。