翌日の金曜は前日と同様に薄ら寒い朝だった。午前中土岐は昨日の続きのデータベースの作成に追われた。総務省のデータサイトから各年の年齢別の人口統計を都道府県別に入手した。事故死や病死のない限り0歳の人口統計は毎年1歳ずつ年を取ってゆく。1年刻みの人口統計は毎年ゼロ歳の新生児人口を加えた形になる。実際は事故死や病死や国際間や都道府県境の人口の流出入がある。この都道府県別年次人口統計と二十歳未満の死亡原因別人数から五十年間の都道府県未成年人口千人あたりの発生件数を求める。棒グラフを作った。全国平均で割って見やすくする。ある県の未成年千人あたりの発生件数が全国平均並みであれば数値は1となる。最初の三十年間についてはざっと見た。どの都道府県も全ての死因について常に1を上回ることはない。どの都道府県も1を越える年もあれば1以下の年もある。いずれの年も1に近い。問題は次の二十年間の東京湾と大阪湾の湾岸都府県のデータだった。1年ベースの統計で確認すると新たな事実が浮かび上がった。男女別で女子の東京都と千葉県の自殺率・溺死率・転落死率は八四年から全国平均を常に上回っていた。僅かだが1より大きな値を示している。溺死については湾岸都県であるから水死の確率は高くなるかも知れない。しかし東京には川はあるが海水浴場はない。茨城はなぜ溺死率が東京や千葉程高くないのか。かなづちが少ないからか?なぜ一九八四年からなのか?棒グラフが賽の河原に不安定に積み上げた四角い石柱のように見えてきた。データの数字ひとつ分が失われた命を表している。幾千幾万もの無念の思いが棒グラフの背後に蠢きながら閉じ込められている。午前中はデータと対話しながらデータベースの整理に費やされた。昼近くになって、経理伝票の整理が終わり、手すきになった亜衣子が様子を見に来た。土岐は最初に、男女別の未成年者の死亡率の全国平均からの乖離を示す折れ線グラフを亜衣子に見せた。一本の折れ線グラフは一つの地方自治体を示している。一つの画面に十本の折れ線グラフを入れてある。全ての都道府県は五枚の画面に収まっている。横軸に暦年をとった折れ線グラフでは、どの都道府県も平均を示す1の値の付近を上下している。
「どの都道府県も全国平均から極端にはずれるということはないのね。全国平均よりも高い年もあれば低い年もあるし」
と感想を言う亜衣子の目が女子の死因別折れ線グラフで点になった。
「自殺と溺死と転落死が東京と千葉だけ違う。ここ二十年間は平均より高い」
「そうなんだ。他の都道府県は全国平均の1のあたりを行ったり来たりしているけれど、東京都と千葉県は一九八四年以降、最近迄ほんの少しだけれど、連続して上回っている」
「でも、ほんの少しね」
と言う亜衣子の言葉を捉えて土岐は憤慨したように、
「これは間違いなく何かがある。ほんの少しどころじゃないいんだ」
 土岐の剣幕に亜衣子は逆ぎれした。
「だってほんのちょっと1より大きいだけじゃない。大体平均というだけのことじゃない」
「大違いだ」
と言いながら土岐は拳を振り上げた。
「長期にわたって年毎の値が平均値の1の近辺を上下しているということは偶然そうなっているということだ。1より大きくなる年がコインの表、1より小さくなる年がコインの裏だとすれば、どの都道府県も年ごとにコインの表が出たり裏が出たりしているということだ。ところが東京と千葉の場合、一九八四年からずっとコインの表が出続けている。コインの表が出る確率は二分の一。2年連続で表がでる確率は四分の一、3年連続なら八分の一、4年連続なら十六分の一、5年連続なら三十二分の一、6年連続なら六十四分の一、7年連続なら百二十八分の一、8年連続なら二百五十六分の一、9年連続なら五百十二分の一、10年連続なら千二十四分の一、11年連続なら二千四十八分の一、12年連続なら四千九十八分の一」
「それって2の倍数ってことでしょ。だから、なんなの?」
「表が20回以上連続して偶然に出ることは殆どありえない」
「ありえないって言ったって、実際に起こっていることでしょ」
「偶然だとしたらありえないことが現実には起こっているんだから偶然ではないということだ。サイコロを振って1の目を出そうとしたらせいぜい6回振って1回でしょ。だけどギャンブラーは6回振って6回とも1の目を出すことができる。この違いは僕らにとってサイコロの目で1を出すのは偶然だけどギャンプラーにとっては必然だということだ。なぜ6回振って6回とも1の目を出せるかと言えば投げるときの角度や力の入れ具合や持ち方を何万回、何十万回も練習していつでも1の目を出すこつを会得しているからだ」
「ということは?」
と亜衣子が土岐に結論をうながした。
「東京と千葉が84年以降、僅かとはいえ全国平均より20年以上にわたって高い値を示しているのは偶然ではなく必然たらしめている何かの原因があるということだ」
と言う土岐の熱っぽい顔を横目でちらりと見て亜衣子は納得したように首を縦に幾度も振り続けた。
 昼食は昨日と同じレストラン。同じ三人が同じテーブルを囲んだ。
「順調?」
と深野はネクタイを緩めて下着代わりのTシャツの襟首をのぞかせている。場違いな快活さで業務の進捗状況を聞いてきた。
「データベースは作成しました。加工データをどう調理するかという点なんですが、データの有意な相違の解釈が見つからなくて」
と土岐は木製ハンガーのような肩を大げさにすくめて見せた。
「どういうこと?」
と深野がゴブレットの水を舐めた。キュービックアイスを回転させながら、角氷の音をわざと立てて聞く。
「東京と千葉の女子の自殺率と水死率と転落死率がどういうわけか、他県と比べると一九八四年から有意に高くなっているんです」
「自殺率って未成年人口千人あたりの?」
 亜衣子も深野に同調してわざとらしい訝しげな甲高い声をあげ、「どうしてかしらね?」
と他人事のようにつぶやく。フォークを持つ手を休めてゴブレットに浮かぶ角氷をながめている。
「ずっと高いの?」
という深野の質問に土岐は、
「多少」
とスパゲッティをフォークにくるくると絡めながら手短に答えた。
「ということは東京と千葉に何かあるということだな。面白そうだ。調査報告書の目玉になりそうだな」
と深野は興味を示し、赤いタバスコを掛けなおし、
「午後、ちょっとデータを見てみようか」
と言いながらナポリタンスパゲッティをずるずると吸い込む。亜衣子は、フォークに巻き取ったパスタをスプーンでカットしながら、深野がたてるその音に少し顔をしかめて、
「一九八四年って何の年かしら?」
「一九八五年といえばプラザ合意だ」
と深野は窓の外を見るでもなく、遠い記憶に視線を泳がせた。右手のフォークが宙に浮いている。
「いや一九八六年からなら分かるんだ。先進五カ国蔵相会議後のプラザ合意のプレスリリースの口先介入で円高不況になってそれから輸出関連企業の倒産が相次いで自殺者も多かったんじゃないかな」と深野が言い終えないうちに、土岐がパスタに落としていた目線をきりりと上げた。話を元に戻して反論した。
「円高不況の話ですが、確かに中小企業の経営者の自殺は多かったかも知れませんが、今扱ってるデータは二十歳以下なんで」
「でも一家心中もあったんじゃないかな」
と深野は自説に固執する。
「だとすると京浜工業地帯の神奈川も自殺率が高くてもいいんじゃないですか?あの辺は零細工場が多いでしょ」
と土岐も譲らない。二人の会話に口に含んだパスタを咀嚼し終えた亜衣子が割って入ってきた。
「二人とも何言ってるの?問題は八四年からでしょ」
 昼食後、統計資料室に戻った。深野は土岐の椅子に腰掛けた。土岐が作成したグラフをスクロールする。
「なる程面白い。これにもっともらしい仮説を立てて検証結果を添付すれば新聞ネタにもなる」
と深野はにんまりした。キーボードをたたく指先で女子の自殺率や事故死率の表の数値で各年の各都道府県のデータで全国平均の一を超えるものを検索した。深野が検索にマウスポインターをあわせてクリックすると百個余りのデータが表示された。一・一を超えるものはなかった。表示されたデータは降順で最高値は千葉の一九八八年の一・〇八。数値の右には年度と都道府県の情報が並んでいる。
「都道府県でソートを掛けてみたら」
と深野の右隣に座っていた亜衣子が自分の両膝に両手を突っ張るようにして囁くように深野の耳元でアドバイスした。深野は先に指示されて悔しそうに言った。
「今そうしようとしていたところだ」
と一・〇五を超えるデータについて都道府県名で降順でソートする。大阪、京都、千葉、東京、和歌山の順にデータが並べ替えられた。
「これが、土岐・能美の湾岸仮説か。確かに異常のように見える」
「でも暦年でソートをかけたら別の仮説がでてくるかも」
と深野の左隣に座っていた土岐が少し腰を浮かせる。深野の顔色を横目で窺いながら提案する。深野が暦年の昇順でソートをかけると最初に出てきたのは七一年の大阪、京都、奈良、兵庫、和歌山、滋賀だった。深野が部屋中に響くような大声をあげた。亜衣子も意味不明の奇声を上げた。土岐が周囲を見回す。室員の視線が一斉に深野に向けられていた。皆ミーアキャットのように首を伸ばした。
「どういうことだ、これはいったい!?」
「七一年って何があった年ですか?」
 不意に深野はほんの僅か斜視の眼で天井の一点を睨むようにして見上げた。天井は古材の格天井になっていた。
「七一年八月にはニクソン・ショックがあった。それから円高に」
「自殺率が高いのはその円高の影響ですかね?」
 二人から疎外されていた亜衣子が呆れたように土岐を睨む。
「だから、それはないってランチ食べながら確認したんじゃない。だって、傾向的に平均を超えているのは関西の府県だけじゃない。円高不況って、全国的なものでしょ。なんで、関東の都県がないの?」
「あっ!そうだ、関東がない」
と土岐は素直に驚いて見せた。それから亜衣子の方を向いて感心したようにうなずいて見せる。
「それより、八月の輸入課徴金の影響がその年にすぐ出るとは思えない。待てよ、そういう論法であるとすると前年の影響か?」
と言う深野の推論に被せるように亜衣子が自説を展開した。
「因果関係にはタイムラグがあるもの。原因が先で、少し時間をおいて結果が現れる。一九七〇年はどんな年だったんですか?タイムラグが二年だとすると一九六九年はどんな年だったんですか?」
 それを受けて深野が思い出の糸を懐かしそうに手繰り寄せる。
「唯一の思い出といえば大阪万博」
と深野が言いかけたところで三人の体の動きがシンクロナイズして一斉に止まった。一呼吸して深野がゆっくりと語り始めた。
「大阪万博は三月から九月迄、半年間やっていた。入場者は六七千万人だった。空前絶後の万博だった」
「でも、万博があると、なんで女の子の事故死や自殺率が、その周辺の府県で高くなるのか?」
と言いながら土岐は亜衣子を見た。
「お祭りのあとにできちゃって、ということかしら」
と言ってから亜衣子は自分の言ったことに顔を赤くした。
「そうかも。女子の方がコンマ一ポイント男子よりも高いし十五歳以上が圧倒的に多い。しかし事故死もあるし」
「事故死の中には自殺も含まれているかもね。担当の刑事が事後捜査が面倒くさいので自殺の疑惑があったのに事故死にしてしまった。家族もそのほうが世間体もいいし」
と亜衣子は思い付きを言った。これは深野に無視された。
「祭りの後にできちゃった仮説か。一応検証してみる?自殺の理由を警察庁のデータベースからとってごらん。七一年のデータをまとめて夕方また検討することにしよう」
と言い残し深野は椅子から立ち上がり自分の机の方に歩いて行った。
 七一年の関西地区の未成年女子の自殺原因のデータを警察庁のデータベースにアクセスして探していると亜衣子の机の上に郵便物の束がドサッと置かれた。持ってきたのは受付の無愛想な初老の男だった。亜衣子はそれを見て自分の机の方に戻って行った。
 土岐がデータベースをざっと見ると恋愛、進学、友人関係、家庭、病気、学業などの自殺原因が書かれていた。一番多いのは、
〈不明〉
だった。七〇年と七二年についても調べてみた。
「どういうことだ」
とデータベースを閲覧して思わず声を殺して叫んだ。亜衣子の視線を感じた。亜衣子は郵便物を各所員に配達し始めていた。
 土岐が叫んだのは七〇年と七二年の自殺理由に不明に分類されている件数が殆どなかったからだ。資料作成を後回しにして、土岐は八四年以降の東京と千葉の自殺原因のデータベースも閲覧した。見ながら心臓の鼓動が高まって行くのを感じた。自殺原因の第1位は〈不明〉だ。八三年以前のデータベースにアクセスしながら指先が震えるのを抑制できなかった。結果は脳の血流を更に増幅させた。首筋がずきずきした。八三年以前の自殺原因で〈不明〉はどの年も最下位だった。脈拍がこめかみを叩いているの感じた。
 亜衣子が土岐の隣に自分の椅子を引きずってきて腰掛けた。土岐が気付いていないようなので声を掛け、
「どうしたの?何か発見?」
 土岐は得意げに言った。
「祭りのあと不明仮説だ」
「なにそれ?」
と亜衣子はつんとした鼻先を少し上方に突き出した。土岐は横目で亜衣子の横顔をのぞき見ながら、
「祭りの後に自殺が増えるが原因はできたじゃなくて不明だ。八四年って何の年だ?」
「万博みたいなお祭りは記憶にないわ」
「僕は良く覚えてる。幼稚園の年少組だったけど、クラスの友達に自慢されたのが悔しくて悔しくて初めて親を呪ったよ」
「早く言いなさいよ」
と亜衣子がテーブルをこつんと叩いた。
「CDLだ。一九八三年に開園した。君のさっきのタイムラグ仮説が正しいとするとそれから1年後に影響が出てくる。しかもお祭りはまだ続いている。一九八三年には最下位だった不明の自殺原因が、一九八四年以降、ずっと第1位だ」
「すると、WSJは二〇〇一年に始まったから」
と言う亜衣子の言葉尻を土岐が奪った。
「仮説を検証しよう。祭りの後不明仮説と1年のタイムラグの前提が正しいとすれば二〇〇一年以前の自殺率一位は不明以外でそれ以降の一位は不明ということだ」
と土岐が言い終わらないうちに亜衣子は自分のパソコンで警察庁のデータベースにアクセスした。大府、京府、兵県、和歌県、奈県、滋県の自殺原因を閲覧し、しばらくの間、亜衣子は画面に釘付けになった。土岐も手元を休めて亜衣子のパソコンの画面に見入った。
「とりあえずデータベースをまとめて。あとは原因解明だ」
 残された午後の時間は、発見した事実の表整理に追われた。単年のクロスセクション比較は棒グラフで描いた。経年のタイムシリーズ比較は折れ線グラフに統一してまとめることにした。終業時刻迄には図表はほぼ完成した。あとは、解説文の書き込みだが、肝心の原因がさっぱり見当がつかなかった。
「お祭りのあと未成年女子の原因不明の自殺や事故死が増加する」と土岐は出来上がった図表を何度もスクロールしながらパソコンの画面につぶやきかけた。
「しかも現在進行形だ」
と言いながらキーを叩く土岐の肩に深野が毛深い手を置いた。
「どう仮説検証の結果は?さっき原因不明の自殺とか言ってたけど、これは要注意だよ。原因不明の自殺は事故死の場合もあるからね。事故死の場合は原因を徹底的に究明し、そうならない対策を生活安全の側面からコメントしなければならないけど自殺の場合は本人が世をはかなんだわけだから、心の問題であって警察の問題ではない。心理カウンセリングの問題だ。警察の処理は簡単だ。警察の担当者が面倒くさがって簡単に処理するために原因をでっちあげることも多いからね。話は違うが保険金が絡んでいると自殺と事故死とじゃ大違いだ。契約して一年以内に自殺した場合は自殺免責になって契約書に従って保険会社は支払いをしない。最近は自殺免責を2年から3年に延ばしている契約書もある。若い人の場合は保険金がかけられていても巨額ではないから雑誌ネタにはならないだろうが」
と言う深野の声が遠ざかった。土岐が振返ると帰り支度をしていた。

3 ビデオEYE
 
 土曜の朝、土岐は亜衣子にeメールを送信した。
@時間がありましたらCDLのフィールドワークにご協力願えないでしょうか?土曜は夕方、日曜は何時からでも結構です@
 家事が一段落したところで着信メールをチェックした。亜衣子からのメールはなかった。落胆もしなかったが、多少期待はしていたので少し気分が暗くなった。窓の合わせ硝子の向こうで冬の頼りなげな陽が落ちかかっていた。メーラーをオンにしたま迄、着信のチャイムが鳴るたびにディスプレイを見たがメールマガジンやスパムばかりだった。メールは五分か十分おきに着信してきたが関係のないものばかりだった。冬の薄日がとっぷりと暮れた。部屋の明かりをつけていないので、パソコンのディスプレイがイルミネーションのようにやけに明るく見えてきた。一定の時間がたつとセーブモードに切り替わり画面が暗くなる。その都度エンターキーをたたいて画面を復帰させた。暫くたってメールを見ると英文も交えて十通ばかりが溜まっていた。メールマガジンの件名の間に@Re・土岐@という返信メールが混ざっていた。そのメールを急いであけてみた。
@お誘い有り難う御座います。あすの日曜日、午前10時ごろ自宅迄、スポーツカーで迎えに来て下さい。住所は白金台4丁目です@
 スポーツカーは日光街道沿いのホンダ系列のレンターカー会社で借りることにした。翌朝、スポーツカーをレンタカー会社で探すことにした。近くの日光街道沿いにホンダ系列のレンタカー会社があった。運転免許証を持参して9時ごろ契約を済ませた。カーナビで目的地を『白金台四丁目』に設定した。所要時間は30分と表示された。そこから亜衣子の自宅近く迄の所要時間は日光街道経由で30分足らずだった。人通りが殆どなかった。高速脇の道路沿いに停車して携帯電話で亜衣子を呼び出した。すぐには出なかったが、
「土岐です。近く迄来たけど」
と伝えると突き抜けるような明るい声で、
「いまどこ?」
という返事があった。聞いたことのないよそ行きの声だった。
「高速脇の道路」
と少し緊張気味に土岐が答えると、
「二三分で行くわ」
と言って電話が切れた。それから5分位してダウンジャケットにベージュの花柄の総レースのワンピースの亜衣子が現れた。ネイビーカラーのレース素材のバッグを手にしていた。助手席に乗り込むと、
「暖冬みたい。あったかいみたい」
と言ってジャケットのボタンを全部はずしてシートベルトを締めた。CDL迄はカーナビの指示通りで駐車場迄は問題はなかった。車中ではもっぱら例の仮説のことが話題になった。土岐はそういう気分ではなかったが亜衣子の無邪気な熱弁に付き合うかたちになった。CDLの駐車場は小春日和のような陽気の日曜とあって少し混雑していた。ゲート近くの駐車場に止めることができなかった。一寸ずりを繰り返しながら駐車場ビルの最上階の一番奥に駐車せざるを得なかった。入場券売り場は黒山の人だかりだった。アベックと親子連れが圧倒的に多い。入場券は成り行きで土岐が買うことになった。チケット売り場寄りの扇型の放射状のゲートを通過したあと亜衣子がチケットを土岐に手渡した。
「捨てちゃだめよ。経費で落ちるから」
 土岐は意味もなく笑った。二人は手をつなぐでもなく、肩を寄せるでもなく、つかず離れずぶらぶらとそぞろ歩いた。人気のあるアトラクションの入口はどこも長蛇の列だった。それを見ながら二人でうんざりしたような顔を見合わせた。
「並んでみる?」
と義務のように先に声をかけたのは土岐だった。
「乗るのが目的じゃないでしょ」
と亜衣子が胡散臭そうな目つきで土岐を見た。冬の陽光がまぶしくて、そういう目付きになっている。
「じゃあ、どうするの?」
と土岐は開き直ってけだるく聞いてみた。
「女の子を見るのよ。とくに、無表情な女の子に注意して。そういう子がいたら、次に連れ添いの大人や兄弟姉妹を観察して」
と言う亜衣子の話を聞きながら、
「さすが婦警さんだ」
と土岐は聞こえるようにつぶやいた。亜衣子は何の反応も示さなかった。二人は幼児向けのアトラクションの白雪姫と七人の小人に並んだ。行列の短いものは幼児向けに限られていた。付き添いの大人達は一様に疲れ切ってあくびをしたりつまらなそうな顔をしていた。
「幼女の場合は事故死が多かったんだっけ?」
「そうだったみたい。ただ少女の場合も原因不明の自殺なら、ひょっとして事故死かもね。転落したのか、飛び降りたのか」
 土岐がうつむき加減で考え込んでいると、亜衣子が彼の顔を心配そうに覗き込んできた。
「あの白雪姫、整形だと思わない?」