祭りのあと

「高いお店は駄目。お別れ会の予算余り用意してきてないんだから」「いろいろとお世話になったんで今日は僕が出すよ、お礼をかねて」「だってあなたフリーターみたいなもんでしょ。深野所長からも少しいただいているのよ。それに引越しでいろいろと物入りでしょ。私、経理やっているから、統計研究所からあなたがいくらもらっていたのか知っているのよ。生活するのが、やっとだったでしょ」
「大丈夫、臨時収入があったから」
と言いながら土岐は日光街道を短い青信号で渡り、ガード脇の千寿苑という高級焼肉店に入った。店のつくりは確かに高級そうではあったが何となく品がないと亜衣子は見渡した。店内には狭いボックス席が2つ、テーブル席が4つあった。先客はなかった。土岐はボックス席に亜衣子を招じ入れた。
「さあ、どんどん注文して」
「いつもと違う感じ。本当にお金持っているみたい」
と亜衣子は頼もしそうに土岐を見た。土岐はポケットに入れた携帯電話で、この会話が盗聴されていることを意識していた。盛り上がることもなく、しっくりこないままに三十分も食べると二人とも満腹になった。半人前のクッパでしめて、デザートの小ぶりのシャーベットを食べ終えると七時を少し過ぎていた。店の外に出ると辺りは別世界のようにとっぷりと暗くなっていた。亜衣子が違う世界の遠い女のように思えた。千住大橋駅での別れ際、亜衣子が何かを言いたそうな素振りを見せた。土岐と合わせた瞳が少し潤んでいるようにも見えた。土岐にはその潤みの意味が理解できなかった。切符を買うと亜衣子は改札の中に消えた。後姿の小さな肩が堪らなくいとおしく見えた。声を掛けようとしたが、言うべき言葉が見つからなかった。駅で亜衣子のさびしげななで肩に別れを告げると、土岐はがっくりと肩を落とし、重い足を引き摺りながら、一人悄然とアパートに帰宅した。