土岐は十一時頃アパートを出て北千住から東武伊勢崎線で東向島で降りた。明治通りを水戸街道の交差点を越えて白髭橋に向かって歩いた。銀杏並木が続いていた。向島百花園を通り過ぎ、歩道橋の下を左折したところに、間口三間程の町工場があった。外の明るい外光から見ると照明の殆どない工場の内部は薄暗かった。半分上がったシャッターの奥に工場の黒褐色の土間が広がっていた。誰も作業をしていなかった。
そこに南條が立っていた。電話を掛けていた。
「平野鉄工所について聞きたいことがある。今いいかな」
と言い終えて土岐に気付いた。
「どうでもいいがお前のスーツは吊るしだな」
土岐は、
〈盗聴されている〉
というメモを手渡した。南條は黙って幾度も頷いた。二人は黙ったまま白鬚橋の交番に向かった。徒歩で5分も掛からずに着いた。交番では若い巡査が日誌をめくっていた。
「きょうも寒いね。ご苦労さん」
と南條が交番に足を踏み入れると、若い巡査は、椅子からぴょんと立ち上がって敬礼した。
「平野鉄工所について聞きたいんだけど最近警邏に行った?」
「人の移動がないんで行ってないです。裏のアパートに先月引っ越してきた人がいたんで様子見に一度巡邏に行ったことがあります」
「で、平野鉄工所の話でも出たの?」
「いえ。帰りがけに平日昼間なのにシャッターがしまってたんで通りがかった顔見知りのアクアデザイナーに『倒産したの?』って聞いたら『寸前だ』というような話をしました。『街金から闇金に手を出したみたいで本当に首が回らなくなった』とも言ってました」
「平野鉄工所は左前だったのか」
と感想を述べながら土岐は都営団地の平野のかみさんの険しい顔つきを思い出していた。亭主が経済的に追い詰められているのであれば、あの愛想のない応対も無理はないと同情的に納得した。南條は交番の電話を借用した。
「墨田署の南條と言います。先日の都営住宅の女子中学生の転落死について保険担当の方のお話を伺いたいんですが?1時ごろに」
と言って受話器を置き、交番を後にした。
そこに南條が立っていた。電話を掛けていた。
「平野鉄工所について聞きたいことがある。今いいかな」
と言い終えて土岐に気付いた。
「どうでもいいがお前のスーツは吊るしだな」
土岐は、
〈盗聴されている〉
というメモを手渡した。南條は黙って幾度も頷いた。二人は黙ったまま白鬚橋の交番に向かった。徒歩で5分も掛からずに着いた。交番では若い巡査が日誌をめくっていた。
「きょうも寒いね。ご苦労さん」
と南條が交番に足を踏み入れると、若い巡査は、椅子からぴょんと立ち上がって敬礼した。
「平野鉄工所について聞きたいんだけど最近警邏に行った?」
「人の移動がないんで行ってないです。裏のアパートに先月引っ越してきた人がいたんで様子見に一度巡邏に行ったことがあります」
「で、平野鉄工所の話でも出たの?」
「いえ。帰りがけに平日昼間なのにシャッターがしまってたんで通りがかった顔見知りのアクアデザイナーに『倒産したの?』って聞いたら『寸前だ』というような話をしました。『街金から闇金に手を出したみたいで本当に首が回らなくなった』とも言ってました」
「平野鉄工所は左前だったのか」
と感想を述べながら土岐は都営団地の平野のかみさんの険しい顔つきを思い出していた。亭主が経済的に追い詰められているのであれば、あの愛想のない応対も無理はないと同情的に納得した。南條は交番の電話を借用した。
「墨田署の南條と言います。先日の都営住宅の女子中学生の転落死について保険担当の方のお話を伺いたいんですが?1時ごろに」
と言って受話器を置き、交番を後にした。


