と奈津子はハンドバックから札束を取り出した。一万円札の束だった。奈津子はその束の銀行の帯封を細い指で破って土岐に手渡した。「百万円あります。くれぐれも携帯電話に注意して下さい。これは携帯電話用の充電器です。携帯電話には強力な充電池が入っているので携帯電話を持ち歩くときは必ずこれを持参して下さい。あなたに死なれては困るんです」
「それならなんで、僕の後頭部に火薬を埋め込むんですか」
と土岐は後頭部をさすりながら、同情を求めるように言った。
「それは秘密の保持のため。秘密も保持したいし、あなたも失いたくない。両立させようとしたら、こういう方法しかなかったの。本当にごめんなさいね。分かってくださる?」
と奈津子に手を握られて体は反応したが、心では釈然としなかった。
「これは傷跡の取替え用の絆創膏と消毒薬」
と奈津子は絆創膏と消毒薬を土岐に渡した。
「二三日で必要がなくなると思います」
と別れ際に奈津子は土岐を抱きしめて軽く口付けした。奈津子は夜の千住に待たせてあった古いBMWに乗り込んで運転手の長田とともに幻のように消え去った。味はないはずなのだが土岐には甘い口付けに感じられた。一人アパートに残された土岐は部屋の中を見回した。まどろみかけてきた頭で、奈津子の行為の意味を考えようとした。引越しの算段を考えようとしたが、そのまま着替えもせずにロフトベッドにやっとの思いで這い上がると眠りこけてしまった。アパートの外階段の影に奈津子を乗せて走り去るBMWを見送る南條のダスターコートに寒そうにくるまった困惑した姿があった。
南條は土岐の郵便受けに、
〈明日正午東向島の平野鉄工所に来い。スーツを着て来い〉
というメッセージを投函した。
翌日の九時頃アパートを管理している風采の上がらない不動産屋の中年男がやって来た。更新手数料の話を始めたので土岐は更新はしない旨を伝えた。不動産屋が帰ると奈津子から電話があった。
「昨夜は失礼しました。引越しの件ですが来週の月曜の一時過ぎにトラックが行きます。それ迄に荷造りしておいていただけますか」
13 徘徊する刑事
「それならなんで、僕の後頭部に火薬を埋め込むんですか」
と土岐は後頭部をさすりながら、同情を求めるように言った。
「それは秘密の保持のため。秘密も保持したいし、あなたも失いたくない。両立させようとしたら、こういう方法しかなかったの。本当にごめんなさいね。分かってくださる?」
と奈津子に手を握られて体は反応したが、心では釈然としなかった。
「これは傷跡の取替え用の絆創膏と消毒薬」
と奈津子は絆創膏と消毒薬を土岐に渡した。
「二三日で必要がなくなると思います」
と別れ際に奈津子は土岐を抱きしめて軽く口付けした。奈津子は夜の千住に待たせてあった古いBMWに乗り込んで運転手の長田とともに幻のように消え去った。味はないはずなのだが土岐には甘い口付けに感じられた。一人アパートに残された土岐は部屋の中を見回した。まどろみかけてきた頭で、奈津子の行為の意味を考えようとした。引越しの算段を考えようとしたが、そのまま着替えもせずにロフトベッドにやっとの思いで這い上がると眠りこけてしまった。アパートの外階段の影に奈津子を乗せて走り去るBMWを見送る南條のダスターコートに寒そうにくるまった困惑した姿があった。
南條は土岐の郵便受けに、
〈明日正午東向島の平野鉄工所に来い。スーツを着て来い〉
というメッセージを投函した。
翌日の九時頃アパートを管理している風采の上がらない不動産屋の中年男がやって来た。更新手数料の話を始めたので土岐は更新はしない旨を伝えた。不動産屋が帰ると奈津子から電話があった。
「昨夜は失礼しました。引越しの件ですが来週の月曜の一時過ぎにトラックが行きます。それ迄に荷造りしておいていただけますか」
13 徘徊する刑事


