「東京と千葉が84年以降、僅かとはいえ全国平均より20年以上にわたって高い値を示しているのは偶然ではなく必然たらしめている何かの原因があるということだ」
と言う土岐の熱っぽい顔を横目でちらりと見て亜衣子は納得したように首を縦に幾度も振り続けた。
 昼食は昨日と同じレストラン。同じ三人が同じテーブルを囲んだ。
「順調?」
と深野はネクタイを緩めて下着代わりのTシャツの襟首をのぞかせている。場違いな快活さで業務の進捗状況を聞いてきた。
「データベースは作成しました。加工データをどう調理するかという点なんですが、データの有意な相違の解釈が見つからなくて」
と土岐は木製ハンガーのような肩を大げさにすくめて見せた。
「どういうこと?」
と深野がゴブレットの水を舐めた。キュービックアイスを回転させながら、角氷の音をわざと立てて聞く。
「東京と千葉の女子の自殺率と水死率と転落死率がどういうわけか、他県と比べると一九八四年から有意に高くなっているんです」
「自殺率って未成年人口千人あたりの?」
 亜衣子も深野に同調してわざとらしい訝しげな甲高い声をあげ、「どうしてかしらね?」
と他人事のようにつぶやく。フォークを持つ手を休めてゴブレットに浮かぶ角氷をながめている。
「ずっと高いの?」
という深野の質問に土岐は、
「多少」
とスパゲッティをフォークにくるくると絡めながら手短に答えた。
「ということは東京と千葉に何かあるということだな。面白そうだ。調査報告書の目玉になりそうだな」
と深野は興味を示し、赤いタバスコを掛けなおし、
「午後、ちょっとデータを見てみようか」
と言いながらナポリタンスパゲッティをずるずると吸い込む。亜衣子は、フォークに巻き取ったパスタをスプーンでカットしながら、深野がたてるその音に少し顔をしかめて、
「一九八四年って何の年かしら?」
「一九八五年といえばプラザ合意だ」
と深野は窓の外を見るでもなく、遠い記憶に視線を泳がせた。右手のフォークが宙に浮いている。
「いや一九八六年からなら分かるんだ。先進五カ国蔵相会議後のプラザ合意のプレスリリースの口先介入で円高不況になってそれから輸出関連企業の倒産が相次いで自殺者も多かったんじゃないかな」と深野が言い終えないうちに、土岐がパスタに落としていた目線をきりりと上げた。話を元に戻して反論した。