祭りのあと

と土岐が憤然と問いただすと奈津子は質問には答えずに目を大きく見開いて土岐の目を捉えた。
「私を見て、私の目を見て」
と言われて土岐は奈津子の瞳を思いっきりのぞき込んだ。少し茶色を帯びた黒褐色の瞳が土岐の魂を吸い込みそうな感じで細かく揺れ動いていた。体が浮き上がるような錯覚を覚えた。
「何か感じなくって?」
 土岐が訝しがると奈津子はいきなり土岐の唇に自分の唇を近づけてきた。軽い接触から土岐の唇が奈津子の舌で押し広げられた。二人の唇が開かれ口が繋がった。互いに相手の唾液を吸いあった。舌がからまり唇が押しつぶされるように強く重ねあわされた。やがて二人とも鼻息が荒くなり、共に両腕で強く抱きしめあった。奈津子の爪が土岐の背中に食い込んだ。一瞬土岐の背中に激痛が走った。先に息苦しくなったのは土岐の方だった。土岐の想像を超えた力で奈津子は体を密着させていた。唇から頬に口をずらし奈津子の耳元で大きく息を吸い込んだ。しっとりとした奈津子の頬のきめ細かい肌が土岐の頬に吸い付いてくる。土岐の呼吸が整う迄に数分を要した。土岐はフローリングの上で自分の体が震度6ぐらいで揺れ続けているのを感じていた。
「ねえ、刑事さんに手紙を書いて下さる?」
と奈津子が土岐の耳元で湿っぽい息を吹きかけるように囁いた。
「どう書けばいいんですか?」
「就職が決まったので、この件からは足を洗いた。ついでに引越しもするし、就職先から携帯電話が支給されたので、現在の電話番号とメールアドレスは使えなくなるって」
「でもあの人、クリニックの存在も知っているし長田さんのことも」
「それだけ。あとは何もご存じないでしょ。あの人のためにもこれ以上知らない方がいいでしょう。そうじゃなくって?それにあの人、あと3週間で定年よ。警察組織を離れたら、多分何もできないでしょう?キャリアじゃないから退職金も少ないし、離婚した妻子に仕送りもしなければならないでしょうから。定年後、近くのスーパーの警備員の口がもう決まっているみたいですよ」
 奈津子は土岐の胸に甘えるようにもたれかかっていた。
「あなた、ひとの目を見てその人がどんな人だか分かります?」
「自分に対して敵意を持っているか好意を持っているか程度なら」