祭りのあと

土岐はチノパンツを急いではいた。長袖のTシャツを首に通し、身構えながら大声で誰何した。奈津子の甘く熱い声がした。その声で土岐の心臓が一瞬こむらがえった。鼓動が急に早くなった。その脈動が後頭部の傷跡を間歇的にひりひりと刺激した。あわてて南條の手紙をロフトベッドの下の机のサイドの引き出しの奥に隠した。
「どんな御用で」
とドアの外をうかがいながら言うのが土岐には精一杯だった。
「お話したいことがあって」
「でも汚い部屋なんで」
「かまいません」
と言われても土岐は汚い部屋を見せたくなかった。問答が長くなると、近隣の住民の好奇心をかきたてる懸念があった。
「すいません。部屋をすぐ片付けますので」
と二人が座るスペースを確保した。元々散らかっていることが気にならない性分なので部屋の中はコンビニ弁当の食べかけや衣類や雑誌が散乱していた。整理整頓を土岐は諦めてドアを開けた。
「お待たせしました。散らかっているんです。それに男くさいし」
「大丈夫です。気になりませんから」
と奈津子は狭い玄関に立った。土岐には、そこだけスポットライトが当たっているように思えた。
「あなたが気にされなくても、僕が気になるんです」
と言いながら立ちふさがっていることに気付き、土岐は身を引いた。
「突然押しかけてきてごめんなさい」
と奈津子はその場に屈み、ピンヒールの靴を手を添えて脱いだ。いつもと同じプリンセス・ワンピースだが胸が大きく開いていた。色は淡いライラックだった。パンプスを脱ぐと、土岐の目の高さに彼女の富士額が来た。生々しく息が掛かるような狭い部屋に二人きりになると土岐は間近に迫る彼女のなまめかしい肉塊と体臭に軽い陶酔を覚えた。奈津子は腰高に踵を浮かせるように立ったまま6畳の部屋を点検するように見回した。
「これなら半日で引越し完了ですね。来月契約が切れるんですよね」
「その件で不動産屋があす契約更新の手続きに来るはずです」
と土岐は落ち着かない面持ちでまじかにある奈津子の眼を見た。
「契約は更新しないで、このまま、すぐ引っ越して下さい」
「賃貸契約は今月いっぱいあるんです。退出する場合賃貸契約で二ヶ月前にこちらから申し出なければならないことになってるんで」
「ここにいてもしょうがないでしょう。叔母様や警察統計研究所や大学院の指導教授には就職が決まって引っ越すと伝えて下さい」