祭りのあと

「おはようございます」
 亜衣子の明るい声に空々しい快活さを感じた。亜衣子が先週迄とは全く違う女に見えた。
「元気ないわね。叔母さんをお見舞いしながら遊びすぎたんでしょ」という言い方は多分一月前と変わっていない。土岐には随分と遠い存在に感じられた。実際彼女に語れない秘密が二人の間を遠ざけていた。疲れたという言葉しか土岐は発することができなかった。
 九時半少し前に、深野が出所してきた。早速欠勤のお詫びと今後の調査報告書作成の確認を改めてすることにした。最初、深野の机の前で説明しようとしたが、深野が応接セットの方に誘導した。
「因果関係はないという報告書を書いて発表しろということだね」と腰を屈める深野は土岐の週末の行動については興味がないようだ。
「さもないと風評被害で損害賠償の民事訴訟を起すという脅しで」
「その人、永山さんって言ったっけ。統計的な仮説検定の意味など、分かってないんだろうな。確率的に何%水準で有意とか、棄却されるなんていう哲学めいた話は、統計学だけの世界だからな。一般の人には分かってもらえないだろう。まあ、こちとらしがない宮仕えだからね。喧嘩を売って残り少ないキャリアに汚点を残したくはないわな。喧嘩を売るだけの価値があれば別だが。とは言え、ああいうテレビ出演をしておいて、実は、あの仮説は検証されませんでしたと、おめおめと公表するのも、無様でみっともない話ではあるな。まあ、決定的な検証ができない限り穏便に済ませたほうが利口なのかも知れないな。とりあえず、今週中に調査報告書をあげてくれよ」
 土岐が自席に戻ると亜衣子が土岐の後頭部の絆創膏に気づいた。
「頭どうしたの?」
 土岐は右手のひらで後頭部を触った。昨日よりは少し小さい絆創膏で頭髪に隠れて目立たなくはなっていた。その日、何もする気になれなかった。気だるく陰鬱な気分に支配されていた。既に調査報告書の結論は決まっているからかも知れない。昼休みになってから、盗聴されていることに留意しながら南條に携帯メールを打った。