祭りのあと

と言いながら土岐の背後に回った。後頭部の絆創膏を剥がして、新しい物と取り替えた。土岐が鈍い痛みを感じている間に奈津子は足早に部屋を出て行った。きれいに洗濯された下着とチノパンツと長袖のTシャツを身に着けた。携帯電話を羽織ったインディゴブルーのデニムジャケットの胸ポケットに忘れずにいれた。部屋の外に出ると外光の射す狭い廊下の端で長田が手招きしていた。それに従って階段を下りる。待合室のような4坪程のロビーがある。シールで目隠しされた自動ドアから外に出る。件の中古のBMWが止まっていた。助手席には既に奈津子が座っていた。奈津子の膝の上に2歳ぐらいの男の子が座っていた。土岐はBMWの後部座席にゆっくりと乗り込んだ。火曜日の夜から二晩泊り込んだモルタルの建物を見返すと永山整形クリニックというピンク地の看板が見えた。
「私に似てます?」
と奈津子が膝の上の男の子の顔を土岐に向けた。顔立ちがそっくりだった。表情に乏しく目が死んでいた。口がだらしなく開かれ口角から唾液が垂れていた。
「良く似てますね。お子さんですか?」
「そう。私が生んだの」
と男の子の長い髪を猫のようになでている。
「保育園に寄って下さい。この子を預けてから駅に行って下さい」
と奈津子が言ってから五分で保育園に着いた。奈津子は男の子を抱きかかえ、アパートの一室のような保育園のドアをノックした。中からエプロン姿の保育士が顔を出した。男の子を預かった。男の子はむずかるでもなく奈津子に手を振るでもなく、無表情のままだった。奈津子が戻ってから数分して舞浜駅についた。それ迄住宅街や商店街が殆ど見当らなかった。水平線と堤防だけの殺風景な車窓だった。土岐が駅で降りようとすると奈津子が車の中から声を掛けた。
「あなたが私達の仲間になればあなたの命は保証されます。でも仲間になるためには、その意思と資格のあることを証明しなければなりません。とりあえずさっきお願いしたことを必ず実行して下さい」
 悪い夢を見ているような想いが払拭できなかった。そういう心象は電車の中でも続いていた。ときどき後頭部に手をやると鈍い痛みが走る。現実であることを思い知らされた。言いようのない不安が頭の中を駆け巡る。窓外に広がってきた曇天とともに土岐の気分は深い憂鬱に沈んだ。研究所へは五分ばかり遅刻して到着した。亜衣子は出所していたが深野は来てなかった。