祭りのあと

 土岐はぼさぼさの後ろ髪を引かれる思いで分厚い硝子張りの自動扉の外に出た。ハンチングを被りなおして振り返ると、有馬が受付の前で、もう一度お辞儀をしていた。土岐は有馬の視線から逃れるように道路を右に折れ、工場裏手の製品資材置き場に再び向かった。潮風が黒いハンチングからはみ出たぼさぼさの髪をもてあそんだ。その潮風に乗って、三州瓦をパレットに載せたオレンジ色の車体のフォークリフトがモーターをうならせて土岐を追い越した。
 土岐は運転手に背後から声を掛けた。
「派遣社員の方ですか?」
 運転手は浅黄色の作業帽の鍔の下からむっとしたような目付きで片目だけで振り返った。
「いや、正社員やけど」
「一二分お話してもいいですか。東京の警察の者ですが」
「仕事中なんや、五分位で終わるさかい、待っといてもらえんか」
と運転手は土岐のハンチングをちらりと見た。モーターの回転音を高めてパレットが山積みになっている資材置き場の奥へ走り去った。待っている間、工場建屋を見回した。工場の屋根には灰白色のスレート瓦が葺かれていた。灰白色の壁面には大きくロゴと社名が書かれている。敷地は千坪程。工場の建坪は五百坪程。事務所は百坪程の土地に3階建てになっていた。残りの土地は、資材と製品の置き場と駐車場になっていた。色とりどりの瓦が色ごとに起伏の激しい山並みのように積まれている。ひんやりと湿った風が潮の香りを含んでいた。工場の背後に広がる港が鼠色の海の臭いにまみれていた。土岐が四方をものめずらしそうに見渡していると先刻の運転手が作業服のまま現れた。肩から円筒の黒いランチボックスを掛けていた。
「歩きながらでええですか。旦那も駅へ向かうんとちゃいますか?」
 土岐はタウンスニーカーで運転手に並んだ。運転手の太い首筋は、こげ茶色に日焼けし、深い溝のような皺が二本刻み込まれていた。
「昨年の三月に退職された水野という人をご存知ですか?」
「ああ、水やんね。よう知っとりますよ」
「自己都合で退職されたということを、人事課の有馬さんから聞いたんですが、詳しいことをご存知ですか?」
と土岐は、有馬という名前を強調した。その問いに運転手の足が止まった。彼は、改めて土岐の顔をしげしげと見つめた。
「なんかあったんでっか、水やんに」
「ええ、昨年の夏、東京でお嬢さんが亡くなられて」