祭りのあと

「お待たせしました。人事課の有馬と申します」
と小柄な三十代の男が両手を添えて名刺を差し出した。土岐も板ガムを口に加えたまま、手帳をテーブルの上に置き、ズボンのポケットから名刺を出すような素振りをした。
「あいにく名刺を切らしていまして、東京から来た土岐と申します」
 挨拶を終えて、二人は硝子テーブルを挟んでソファに腰掛けた。土岐は受付を背にして、有馬は玄関の硝子扉を背にしている。
「で、お尋ねのことはなんでしょうか?」
「実は、去年の三月迄こちらに勤務されていた水野さんのお嬢さんが、昨年夏に東京で亡くなられたんですが、ご存知でしょうか?」
「知りませんでした。お悔やみ申し上げます。当方としては既に昨年三月に退職された方なのでその後のことは存じ上げていません」
「えっ?東京支社で営業課長をされているんではないんですか?」
「営業課は本社だけで東京支店に販売課があるだけで」
と有馬は語尾のイントネーションを少し上げて言う。
「昨年三月退職されたということですが定年ということですか?」
「定年は六十で水野さんの場合は六十前で自己都合だと思います」
「どういう自己都合だったんですか?」
「さあ、詳しいことは存じあげておりません」
と言う有馬の顔を土岐はまじまじと見た。会話が途絶えた。有馬の目が落ち着きなく動いている。土岐は有馬の名刺を眺めながら訊く。
「有馬さんは愛知の本社の人事部からの出向なんですか?」
「いえ、十数年前迄は、この工場には人事課はなかったんです。人事課ができたのは、工場労働者の一部を派遣に切り替えるようになってからです。まあ、厚生年金の負担や福利厚生費や退職引当金を削って、人件費は安くなったんですが、人の入れ替わりが激しくなって、いろいろとこちらで管理したり、指導したりしなければならないことが多くなったので、人事課が必要になったということです」
 小さくうなずきながら、土岐はメモ用に取り出した市販の手帳に、
〈水野・自己都合退職〉
とだけ書き込んで、ポケットにしまった。
「どうも、お忙しいところありがとうございました」
と土岐は別れの挨拶をしながら質問がまだあるのではないかと考えていた。首をかしげているその様子が有馬には分かったようだった。
「また、何かありましたら、私の名刺の電話迄ご連絡ください」