「よう知らんがその筋のおっさんがやっとんのとちゃうか?」
「女性はいないんですか?」
「ばあさんとかみさんがいたみたいやけど、ばあさんの方は昔小学校の先生やっとったらしいが、もう定年とちゃうか。かみさんのほうは、WSJの掃除婦かなんかをやってるっちゅう話や」
と言い捨てて男はペダルを踏み込んだ。さらに、質問しようとしたが、男はそれをさえぎるようにして走り去った。
土岐は明石迄足を延ばした。隅田川に入水したらしい女子高校生の父親が三十年近く勤務していたという三州瓦の工場は港の近くにあった。正面入口に低い常緑の生垣があり、ロゴつきの真鍮の社名プレートををはめ込んだ礎石の周りに三本の旗が立っていた。中央が日本国旗、両脇が社旗になっていた。通りからは何の工場か分からない。裏手の製品置き場に回ると銀鼠や濃紺や赤茶色の瓦が山積みになっている。工場を一回りしたあと正面玄関に向かった。入口は門構えになっている。3階建ビルではあったが入口が小さな切妻の瓦屋根になっていた。見上げると屋上も半切妻屋根になっていた。建物全体が嵌め殺しの大きな窓で覆われている造りとの不調和を感じた。土岐は観音開きの自動扉から受付に向かった。受付に丸い顔をした化粧の濃い若い女が茶封筒に宛名書きをしながら座っていた。
「東京支社に転勤した水野という社員について尋ねたいことが」
と土岐が市販の手帳をちらつかせながら言うと、
「水野のどんなことについてお尋ねでしょうか?」
と関西訛りで受付嬢が聞き返してきた。
「まあ、とくに何ということではないんですが」
「では人事課の者でよろしいですか?」
と目をしばたくとマスカラが落ちそうになる。
「ええ、人事課の方で結構です」
「それでは暫くお待ち下さい。お名前を頂戴できますか?」
「東京の警察統計研究所の土岐といいます」
「東京の刑事さんですね」
と受付嬢は勝手に誤解して、内線で人事課を呼び出した。土岐は受付嬢の誤解をあえて訂正しなかった。
「今すぐきますので、あちらにお掛けになってお待ち下さい」
と受付嬢は傍らの応接セットを指し示した。言われるまま土岐は黒い革張りのソファに腰掛けた。そこから壁全面の硝子越しに玄関前の人工池が見えた。池の中には色とりどりの小ぶりの鯉が泳いでいた。ガムを噛もうとポケットから取り出して、包み紙をとこうとしたところに声が掛かった。
「女性はいないんですか?」
「ばあさんとかみさんがいたみたいやけど、ばあさんの方は昔小学校の先生やっとったらしいが、もう定年とちゃうか。かみさんのほうは、WSJの掃除婦かなんかをやってるっちゅう話や」
と言い捨てて男はペダルを踏み込んだ。さらに、質問しようとしたが、男はそれをさえぎるようにして走り去った。
土岐は明石迄足を延ばした。隅田川に入水したらしい女子高校生の父親が三十年近く勤務していたという三州瓦の工場は港の近くにあった。正面入口に低い常緑の生垣があり、ロゴつきの真鍮の社名プレートををはめ込んだ礎石の周りに三本の旗が立っていた。中央が日本国旗、両脇が社旗になっていた。通りからは何の工場か分からない。裏手の製品置き場に回ると銀鼠や濃紺や赤茶色の瓦が山積みになっている。工場を一回りしたあと正面玄関に向かった。入口は門構えになっている。3階建ビルではあったが入口が小さな切妻の瓦屋根になっていた。見上げると屋上も半切妻屋根になっていた。建物全体が嵌め殺しの大きな窓で覆われている造りとの不調和を感じた。土岐は観音開きの自動扉から受付に向かった。受付に丸い顔をした化粧の濃い若い女が茶封筒に宛名書きをしながら座っていた。
「東京支社に転勤した水野という社員について尋ねたいことが」
と土岐が市販の手帳をちらつかせながら言うと、
「水野のどんなことについてお尋ねでしょうか?」
と関西訛りで受付嬢が聞き返してきた。
「まあ、とくに何ということではないんですが」
「では人事課の者でよろしいですか?」
と目をしばたくとマスカラが落ちそうになる。
「ええ、人事課の方で結構です」
「それでは暫くお待ち下さい。お名前を頂戴できますか?」
「東京の警察統計研究所の土岐といいます」
「東京の刑事さんですね」
と受付嬢は勝手に誤解して、内線で人事課を呼び出した。土岐は受付嬢の誤解をあえて訂正しなかった。
「今すぐきますので、あちらにお掛けになってお待ち下さい」
と受付嬢は傍らの応接セットを指し示した。言われるまま土岐は黒い革張りのソファに腰掛けた。そこから壁全面の硝子越しに玄関前の人工池が見えた。池の中には色とりどりの小ぶりの鯉が泳いでいた。ガムを噛もうとポケットから取り出して、包み紙をとこうとしたところに声が掛かった。


