土岐が八〇年代と九〇年代の十年間ずつのグラフを画面に表示したとき亜衣子の右手が土岐の左肩を激しく強く捕まえた。
「計算は合ってるの」
と言う亜衣子の動作の意味を土岐も理解した。八〇年代十年間のグラフで他の府県に混じって湾岸首都圏の東京と千葉の女子自殺率が全国平均を僅かだが上回っていた。その傾向は九〇年代も同様だった。更に九〇年代には大阪湾岸の五府県にも全国平均を多少上回る値が見られた。グラフに封じ込められた悪霊達が一斉に解き放たれた。棒グラフが梵字で飾られた卒塔婆のように見えてきた。
「計算違いではないと思う。五十年間の累計の自殺率が若干高めで東京と千葉は最初の三十年間は全国平均並みだったんだから残りの二十年間は多少高くなるのは当然だ。大阪湾岸も同じ」
と言いながら土岐はコピー紙の裏にボールペンで棒グラフを描いた。
「女子の自殺率は未成年人口千人あたりで比べてみると、東京と千葉は八〇年代以前は全国平均とほぼ同じだったのが、八〇年代からは一を若干超えてる。大阪湾岸府県も同じように、九〇年代前は、全国平均とほぼ同じだったのが、九〇年代は僅かだが一を超えてる」
「最近十年のグラフを一年刻みで見せてみて」
と亜衣子が早く見たいというように土岐の肩を激しく揺すった。土岐の首が首振り人形のようにだらしなく前後に揺れた。土岐は秘密の扉を開けるような感覚で九〇年代の十年間のグラフを一年刻みで描き出した。パソコンのディスプレイに表示されたグラフは怨霊があぶりだされたかのように十年前からほぼ同じ傾向値を見せていた。
「間違いない、これは大発見だ!」
と土岐は思わず部屋中に響くような大声を出した。その声は深野の耳にも入った。そろそろ帰り支度を始めていた深野は書類を整理する手を休めた。背伸びをするように立ち上がった。サンダル履きのまま作業机に歩いてきた。土岐の肩越しに興味深げにディスプレイをのぞき込んできた。土岐は画面を凝視していた。深野に少しどもり気味に息せき切って説明した。
「湾岸七都府県の女子の自殺率が二十年前から全国平均よりも若干高いんです。これは、何か隠れた原因が、あるとしか、思えない」
「ちょっと待てよ、湾岸七都府県と言うけど東京、千葉は二十年前でいいとして関西の方は十年ぐらい前からじゃないの」
と深野が指摘した。土岐は言い間違えたことに気付いた。

2 祭りのあと仮説