涙一つ出なかった。
 中学の時の卒業式だって涙を流した俺が、涙が出なかったのは、自分でも理解できなかった。理解できなくて当然だったのかもしれない。
 俺と佐々木の選択は、間違っていなかった。だから頷いた。サイン交換は、一秒にも満たなかった。意見が合致した。
 だから、間違っていなかったはず。

 その夏、俺たちは公立の星だった――。


 球場全体の期待が、地鳴りのように地を這って伝わってきた。
 もしかすると下剋上を果たせるのではないか。そんな期待が、俺たちよりも、ずっとずっと大きくて。地面から衝撃となって伝わった。気にするなという方が無理だった。
 もう一歩、あと一歩。うんと頷いて、佐々木を信じて投げ込む。
 ここまで134球。でも、もうすぐ夢が叶うと思ったら、そんな疲れはどこかへ吹き飛んだ。暑ささえも気にならない。集大成。夢の成就を期待して。
 ほら、少し手を伸ばしたらすぐそこに、甲子園が待っているのだか――
 ――え?

 甲高い金属音、そして場内は静まり返る。
 皆の視線は一つに集まる。放物線を描いた白球は、俺の頭の遥か上を駆け、センターの頭上すらも優に超えた。世界が止まっているようだった、その白球一つを除いて。
 ――外野スタンドの草むらに白球が突き刺さる。フェンスを越していた。
 
 球場が湧いた。歓声が上がる。悲鳴が上がる。
 一方は喜び、一方は絶望し。
 灼熱の球場を、相手の選手がゆっくりと勝利を味わうように走る、ウイニングラン。バッと空に手を掲げ、ガッツポーズをした。それを見て、更に球場は盛り上がった。
 
 それはつまり、俺たちの敗北を意味していた。
 サヨナラ負け。

 今年の夏の、つい先日のことだった。