1-5. タワマン購入
それから三カ月、達也は法人を作り、毎日のように水から作った銀、錫、銅の金属塊を軽トラックに載せてあちこちの業者に売りに行った。一回当たり五百万円、すでに四億円の利益となっている。
調子に乗った達也は、タワマンの最上階の部屋を買ってみる。川の向こうに毎日見ていた武蔵小杉のタワマン、一体どんな景色が見えるのだろうかと思っていたが、買ってしまえばいいのだ。お金にはもう困らないのだから。
不動産屋は最初、学生が億ションを買おうとするのを怪訝そうに感じていたようだったが、預金通帳の残高を見せると途端に上機嫌になり、揉み手しながら書類を全部揃えてくれた。
達也は家具と家電製品、日用品を全部ネットで注文してそろえて配置する。デカいソファにオシャレなカーテン。高級感ある間接照明に観葉植物を配して理想の秘密基地を作り上げた。こんな贅沢していいんだろうかとは思ったが、金はまだ何億円も残っているし、今後も増える一方である。心行くまで贅沢を満喫してやればいいのだ。
上機嫌になった達也は近所のショッピングセンターでシャンパン、チーズやつまみを買ってきた。
窓の外を見ると丁度日が暮れて夜景へと変わっていく。
「おぉ……」
達也はその圧倒的な景観に思わず息をのんだ。多摩川の向こうに広がる東京の街並み。赤い東京タワーにスカイツリー、羽田空港からは次々と飛行機が飛び立っていく。
まるで宝石箱をひっくり返したような街の煌めきにしばらく見入ってしまった。
この世界が仮想現実だと気づいてから四カ月、ついに達也は夢の暮らしを手に入れたのだ。
達也はシャンパンをポン! と、開け、グラスに注ぐと夜景に向けて掲げる。
「この、素晴らしき仮想現実空間に乾杯!」
一口含むとシュワシュワとした炭酸の向こうにホワイトフラワーの香りが漂い、やがて野生のベリーのアロマが立ち上がってくる。
この複雑な味わいが全て仮想現実空間上のデータだなんてとても信じられないが、理屈としては疑う余地はなかった。
達也は酔った勢いで自分の体に対してコマンドを発行してみる。重力適用度というパラメーターがあったのでこれを0%にしてみたのだ。すると、ふんわりと身体が浮かび上がり、エアコンの風を受けてゆっくりと身体が回転していく。まるで宇宙ステーションのように無重力になってしまったのだ。
うはぁ!
達也はうれしくなって壁を蹴り、天井を蹴り、くるくると回りながら部屋の中で無重力を堪能する。
「そう! これだよこれ! ヒャッハー!」
達也は絶好調だった。仮想現実空間を操れる、それはまさに神の力である。
この後、自分の体に速度を与えて空を飛んだり、座標を書き換えてワープをしたりしながら夜遅くまで新たな世界を堪能していった。
◇
達也はしばらく世界のあちこちへワープし、観光しながら世界を飛び回る。ロンドン、パリ、ピラミッドにマチュピチュにイースター島、行きたかったところ全てに行ってみる。それは夢のような時間だった。
モアイ像の並ぶ草原に寝転がりながら、達也は太平洋に沈んでいく夕陽を眺める。人類が数千年かけて築いてきた文化と文明の営みを堪能した達也は、一体神は何がしたいのか、人類に何を求めているのかつらつらと考えていた。
「もしかしたら、こうやって文化を愛でたかったのかもしれないな」
達也は傍らの巨大なモアイ像を見上げ、その独創的な迫力に痺れ、思わず見ほれた。
これをゼロから生み出すのは神様だって大変に違いない。だから人類を育てたのかもしれない。そう思いながら沈んでいく太陽が最後に緑色に輝く瞬間を眺めていた。
◇
めぼしいところを回りつくした達也は、南太平洋のサンゴ礁でできた小島のビーチで寝転がるようになった。
どこまでも澄みとおる青空に南国の雲、限りなく透明で青い海……、まさに天国である。
達也はその小島にコテージを建て、時間がある時は真っ白のサンゴ礁のビーチで波の音を聞きながらリゾートライフを楽しむようになった。
周囲数百キロ誰もいないのだ。何の気兼ねもなく酒を飲み、つまみを食べ、ゆるやかな時間を満喫する達也だった。
1-6. 少女の抱える闇
達也は陽菜にもこの楽しい暮らしをおすそ分けしようとメッセージを打っていたが、なぜか返事はなかった。
返事がない以上打つ手も無いので、放っておいたのだが、母親から気になる事を聞かされる。
「お隣の陽菜ちゃんね、どうも不登校みたいなのよね」
「えっ!? いつから?」
「もう一ヵ月くらい行ってないみたいよ」
達也は言葉を失った。陽菜とはもっと密に連絡を取っておくべきではなかったか? 彼女から返事がないからと放置して、自分の事ばっかりやっていた自分にどうしようもなく腹がたった。
達也は急いで部屋に戻ると陽菜にLINEを打つ。
『おひさしぶり、何だか辛い目に遭っていたのに気づかずにゴメン。よかったらどこかお茶でも行かない?』
すると、すぐに返事があった。
『私も返事しなくてごめん。部屋から出たくないの』
『じゃあ、これから部屋行っていい?』
『えっ!? ……。いいけど、パパママ居るから……』
達也はお茶とお茶菓子を手早く用意すると、陽菜の部屋にワープした。
「おまたせ~」
にこやかに笑いながら達也が陽菜の部屋へ行くと、陽菜はベッドの中でスマホをいじっていた。
「えっ!? 達兄ぃ……、どうやって?」
「後で説明する。まずはお茶でも飲んで」
そう言いながら達也はちゃぶ台にお茶とお茶菓子を並べた。
陽菜は憔悴しきっていたが、達也の登場にホッとした様子でベッドに腰かけるとお茶をすすった。
「僕ね、陽菜のおかげで神様に一歩近づいたんだ」
達也はお茶をすすりながら言った。
「神……様……?」
怪訝そうな陽菜。
「この世界は仮想現実空間だって言ったじゃん? 仮想現実だったらデータいじったらいろいろ便利なことがあるんだ。こうやってワープしたりね」
「ワープ? この部屋に跳んできたって事?」
陽菜は目を丸くする。
達也は今までにやってきたことを全て陽菜に伝えた。水を金属に変えて大金を儲けたこと。そして、タワマンの最上階に秘密基地を作り、世界旅行をし、南の島のコテージでリゾートを楽しんでいること。その全てをゆっくりと丁寧に説明した。
陽菜には知る権利があったと思うし、今まで陽菜の事を放置してしまった自分の贖罪の意味も込めて伝えた。
「じゃあ、お金にも困らないし、どこへでも行けるんだ……」
「そう、もうすべて自由なんだ」
達也はニコッと笑う。
「ねぇ、私をこの街から連れ出して」
陽菜は達也の手を取って今にも泣きそうな目で言った。
「かしこまりました、お嬢様」
達也はそう言うと陽菜の身体を浮き上がらせ、お姫様抱っこで受け止める。
「えっ!?」
驚く陽菜を抱いたまま達也はワープした。
真っ白な砂浜に真っ青な海、ちょうど陽が沈む時間で、水平線の向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。そこは南太平洋のサンゴ礁の上空だった。
どこまでも透き通った鮮やかな夕暮れ空に浮かぶ茜色の雲。陽菜はまるで夢でも見ているみたいに口をポッカリと開き、ただ、静かに水平線の向こうへ沈んでいく太陽を見ていた。
「どう? 綺麗でしょ?」
陽菜は静かにうなずいた。
「陽菜のおかげで僕は何でもできる人になったんだ。陽菜の願いは何? 何でも叶えて上げるよ」
達也は優しく言った。
陽菜はぐっと奥歯をかみしめ、そしてうつむいた。
「何? どうしたの? 何でも言ってごらん」
「何でも……いいの?」
「もちろん。何でも」
陽菜は絞り出すように言った。
「ねぇ、あいつらを殺して」
達也は一瞬ピクっとしたが、
「いいよ、僕が殺してあげる」
そう言って陽菜の頬を優しくなでた。
うわぁぁぁぁん!
陽菜は今までため込んできたものを吐き出すように号泣した。
達也はただ優しく髪をなで、こんなになるまで放置してしまった自分の間抜けさを呪った。
1-7. シャトーブリアン
達也はコテージ前の砂浜にテーブルを置き、オレンジジュースを注いで陽菜に出した。
「……。ありがとう」
泣き疲れた陽菜は腫れぼったい目をしながらジュースを一口飲む。
ポツリポツリと話す内容を総合すると、不良グループに狙われた陽菜はある日体育倉庫で囲まれて服をはぎ取られ、性的ないじめを受けてしまった。そして、その模様をスマホで録画され、それをネタにいろいろな脅迫を受けているとのことだった。
達也はうんうんと静かに聞き、
「陽菜はもう心配しなくていい。全部僕に任せなさい」
そう言ってまっすぐに陽菜を見た。
陽菜は安堵したように静かにほほ笑んだが、
「でも、もうお嫁にいけないわ……」
そう言うとまたうつむき、涙をポトリと落とした。
「何を言ってるんだ。いじめぐらいで陽菜の魅力は無くならないよ。もし、どうしてもうまくいかなかったら、ぼ、僕の所においで」
達也は真っ赤になって言った。
「え……?」
キョトンとする陽菜。
「陽菜ほど魅力的な娘はいないよ。その気になったらいつでもおいで」
女の子と全く縁のない達也が、なぜこんな臭いセリフを自然と言えるのか不思議だったが、それでもそれは本心だった。
「達兄ぃ――――!」
陽菜はいきなり達也に抱き着き、そしておいおいと泣き出した。
ふんわりと香る優しい匂いにつつまれ、達也はドギマギしながら陽菜の背中をさする。
陽菜はひっくひっくとしゃくりあげながら言った。
「達兄ぃ……、結婚……して、今……すぐ」
達也は、鬱屈していたものが弾けるように噴き出している陽菜を、優しく抱きしめる。そして、
「そんな焦らなくても僕は逃げないよ」
そう言って髪をなでた。
◇
「さぁ、ディナーにしよう」
達也はストレージから松坂牛のシャトーブリアンを一つとりだし、皿の上に載せるとスマホを向けて温度を上げた。
みるみる色が変わっていくシャトーブリアン。そしてブランデーを振りかけると表面温度を三百度に上げる。
ボッ!
一気に紅い炎が立ち上り、香ばしい匂いが漂ってくる。
「うわぁ! すごぉぉい!」
目をキラキラと輝かせる陽菜。
「ふふっ、おいしそうだろ? 日本一美味しいステーキだよ」
スパイスソルトをかけながらドヤ顔の達也。
「でも……、一つしかないわよ?」
怪訝そうに陽菜が言うと、
「ここからが神の力の見せ所!」
そう言ってステーキにスマホをかざすと、コピーしてペーストした。
ボン!
隣に全く同じステーキが登場する。
「へっ!?」
唖然とする陽菜。
「ほら、早く召し上がれ」
そう言いながら達也はナイフとフォークを手渡した。
陽菜はキツネにつままれたような顔をしながら一切れを口に運ぶと、
「うわっ! おいしーい!」
と、目を真ん丸にして驚いた。
「ふふっ、お口にあったようで何より。欲しければ幾らでもペーストするから言ってね」
達也はニッコリと笑い。
陽菜は満面の笑みでうなずいた。
◇
食事が終わると陽菜を自宅まで送り届け、達也はイジメの主犯格の女の情報を追った。
電話番号からスマホを特定し、神の力を使って中身を乗っ取る。そして、保存してる動画やLINEのグループメンバーの情報を引っこ抜いて動画は消し去った。同様にメンバー全員のスマホを次々と乗っ取って動画の削除や他に動画の保管先がないか確認していく。
見ると被害者は陽菜だけではなかった。多くの女の子がいいように嬲られている証拠が残されていた。
達也はギリッと奥歯をきしませると、復讐に使うツールを淡々と開発していった。奴らを殺すのは簡単だ。太平洋の深海にワープさせてやればいい。証拠一つ残さずこの世から消せるだろう。しかし、それでは飽き足らないのだ。一生解けない呪いをかけてやろう。
翌朝達也は不良グループ全員を次々と南太平洋の小島にワープさせた。
不良たちは突然現れた真っ白なサンゴ礁のビーチに戸惑い、デスゲームに放り込まれたのではないかと焦って小競り合いをしている。
1-8. 指導の応酬
「はい、こんにちは!」
達也はキツネのお面をして上空から彼らに声をかける。
「な、なんだお前は!」「俺たちを日本に返せ!」
口々に罵声を浴びせかける不良たち。
「君たち、イジメをしているね? いかん、いかんなぁ。よって制裁を受けてもらう」
「イジメ? 何を言ってんの? あれは指導よ! 礼儀を知らない連中に社会って物を教えてるだけよ!」
主犯格の女が喚いた。罪の意識が全くないらしい。人として大切なものを失ってしまっているのだ。
達也は首を振りながら肩をすくめる。
そして、大きく息をつくと言った。
「指導、指導か、いいね。では、今度は僕が君たちを指導してやろう」
達也は主犯格の女の、脳の痛みを感じる部位『視床』に唐辛子のエキスをワープさせ注入した。
ぐぎゃぁぁ!
女は絶叫しながら白い砂浜の上を七転八倒しながらのたうち回った。今まで感じたことも無いような激痛、それこそ全身を切り刻まれるような、熱湯にぶち込まれるような激痛を味わっているのだろう。
「イジメをすると手痛いしっぺ返しが待ってるという『指導』だよ、よく見ておきたまえ」
周りの不良たちは真っ青な顔をして、苦しみもがく女をただ見つめていた。
しばらくのたうち回っていた女だったが、徐々に落ち着きを取り戻し、やがて砂まみれのゲッソリとした顔で上空の達也をにらんだ。
「さて、ゲームをしよう。今後君たちにひどい目に遭わされたという報告がネットで上がる度に全員に今の十倍の痛みをプレゼントしよう」
「ぜ、全員!?」「十倍!?」「はぁっ!?」
不良たちは呆然としながら達也を見上げる。
「い、今のだって死にそうなのに十倍なんて確実に死ぬわ! 人殺しよそんなの!」
主犯格の女が喚く。
「イジメを苦にして自殺者が出たらお前らも人殺しだ。分かってて言ってる?」
達也は語気に怒りをにじませながら言った。
不良たちは渋い顔でお互い顔を見合わせる。
「あのぉ……」
小柄な気の弱そうな男が手を上げる。
「何だ?」
「僕、彼らのパシリなんです。イジメがあったとして、彼らと同じように罰されるのは……そのぉ……」
「ふむ、それであれば君には彼らの監視役をやってもらおう。彼らの暴力行為がちゃんとネットで報告されるように周りの人に周知徹底しろ。漏れがあればお前に罰が行く」
「わ、分かりました」
すると近くにいた女が喚く。
「てめぇ! 何一人だけ抜け駆けしてんだよ!」
直後、その女は『ぐぎゃぁぁぁ!』と、絶叫しながら気を失って失禁し、ビクンビクンと痙攣しながら砂浜を転がった。
「見たまえ、これが十倍だよ」
達也はうれしそうに言う。
周りの者は皆、さぁっと血の気が引き、言葉を失う。
「お前ら、二度と人を傷つけないと誓え! 分かったか!?」
達也は叫ぶ。
「は、はい」「わ、分かりました」「そうします……」
不良たちは渋々答える。
「それじゃ、十倍、行ってみよう!」
達也は右手を高く掲げた。
「えっ!?」「ちょっと待って!」「いやぁぁぁ!」
うろたえる不良たち。
直後、断末魔の悲鳴が一斉に響いた。
ぎゃぁぁぁ! ぐはぁ! ぎゅわぁぁ!
砂浜には気絶して失禁する不良たちがゴロゴロと転がり、監視役はその様を見て真っ青になって震えていた。
「お前はちゃんと奴らの悪行がネットに上がるように工夫しろよ。毎日見てるからな」
「わ、分かりました……」
監視役は頭を下げる。
達也は全員を高校の中庭に転送し、騒ぎになる様を動画で丁寧に記録した。不良たちが失禁しながら痙攣し、うめき声をあげるさまは極めて異様で、生徒や教員も何をどうしたらいいのか分からず、ただ茫然と地獄絵図を見つめていた。
「いい絵が撮れたな」
達也はそう言うと、陽菜にその様子をLINEする。これでも納得いかなければ本当に殺す以外ない。
しばらくすると返事が来る。
「ありがとう。今晩部屋に来て」
達也はカワウソがサムアップしているスタンプを送った。
◇
達也はタワマンに戻ってくると、缶ビールをプシュッと開けてゴクゴクと飲んだ。一仕事終えた疲労感に、ホップの苦みが沁みわたる。
暴力に対して暴力で応じたというのは決して褒められる話ではないが、これで二度と陽菜に手を出そうとは思わなくなるはずだ。そういう意味では必要悪という奴だろう。
達也は眼下に広がる東京の街並みを見ながら、ふぅと大きく息をついた。
その時だった、急に大地震が起こったように床がゴゴゴゴと動き出した。
達也は何が起こったのか分からず、急いで上空へとワープする。
すると、タワマンが斜めにスッパリと斬れ、上層部がずりずりとずれながら落ちていくのが見えた。
はぁっ!?
達也は呆然としてその大災害を見つめる。悲鳴や絶叫が響き渡り、電気回線がショートしてあちこちでバチバチと小さな爆発を起こす。そして最後には、上層部は崩落していき、百メートルほど下の地面へと墜落して大爆発を起こした。
いきなり襲ってきた常軌を逸している破滅的な攻撃、そこには神の力の臭いがする。まさかこれが神の『指導』?
達也は背筋にゾクッと戦慄が走るのを覚えた。
1-9. ハッキングは死刑
達也が真っ青な顔で言葉を失っていると、『きゃははは!』と、上の方から笑い声が聞こえる。
驚いて上を向くと、そこには青い髪をした女の子が宙に浮いて笑っていた。
デニムのオーバーオールに白いシャツ、グレーの帽子をかぶったその可愛い女の子を見上げ、達也は心臓がバクバクと激しく高鳴るのを感じた。
この女の子は神の力を使い、タワマンをぶち壊して楽しんでいる。
その娘の背筋の寒くなるような存在感に、達也はどうしたらいいのか分からず、固まってしまう。
すると女の子は、
「やっぱり出てきたねっ! みーつけた!」
そう言いながらうれしそうに達也の前まで下りてきた。
「こ、これは君がやったのか?」
「そうだよ? ハッカーがこの辺に潜伏してそうだったので斬ってみたんだ」
女の子はニコニコしながら言う。
「多くの犠牲者が出てますよ? いいんですか?」
達也はにらみながら言った。
「他人のことより、自分のこと心配したら? ハッキングは重罪だよ?」
女の子は急に険しい調子になると、腰に手を当てて達也をにらむ。
「えっ!? 誰にも迷惑かけてないじゃないですか!」
「だーめ! ハッキングは死刑って決まってるのよ」
女の子は人差し指をゆらす。
この世界を管理する存在にバレてしまった。それは最悪の事態だった。
くっ!
達也はパリの地下洞窟にワープする。以前観光で訪れたその洞窟は長大で暗く、不気味で身を隠すにはうってつけだと思ったのだ。岩陰に身を隠し、見つからないことを必死に祈る。
この洞窟はカタコンブ、要は墓場である。壁には人間の頭蓋骨がたくさん並んでいて気味が悪いのだが、今はそんな事はどうでも良く感じられる。
きゃははは!
楽し気な笑い声が洞窟の中に響く。やはり神ともいうべきこの世界の管理者からは逃れられないらしい。
「逃げたって無駄だよ~」
女の子の声が洞窟に反響しながら近づいてくる。
しかし死刑を受け入れる訳にもいかない。
達也は意を決すると南太平洋のコテージにワープする。
そして室内に多量のTNT火薬を山のように配置した。逃げられないなら倒す以外ない。神相手にこんな攻撃が効くのかどうかわからないが、やれることはやってみる以外なかった。
直後、
「逃げても無駄だってば!」
そう言いながら女の子がワープしてくる。
それと同時に達也は上空に跳び、火薬に点火した。
ズン!
コテージは轟音をあげながら大爆発を起こし、巨大な炎の玉がサンゴ礁の小島の上に広がっていく。
「やったか……?」
激しい熱線を浴びながら達也は様子をじっと見守った。
可愛い女の子に爆弾を浴びせるなんてこと、やりたくないのだが殺されるわけにもいかない。
きゃははは!
炎の玉がキノコ雲となって舞い上がっていく中から笑い声が響く。
女の子はまるで鬼ごっこを遊んでいるかのように、青い髪をゆらしながら楽しそうに達也の方にツーっと飛んでくる。
達也は観念する。やはり神には通常の攻撃など効かないのだ。
女の子は達也の前まで来ると嬉しそうに言う。
「いいじゃん、君、センスあるよ。うちで働くかい?」
死刑宣告かと思ったらリクルーティングである。それも神の組織で働く、それはとても魅力的な話だった。
「えっ!? い、いいんですか?」
達也は思わず声が裏返りながら言う。
「ただし、一つテストをさせてもらうよ」
女の子はニッコリと笑って言った。
「わ、分かりました。何をすれば?」
「あなた、陽菜に全部しゃべったでしょ? あれ、マズいんだよね。殺してくれる?」
ニヤッと笑う女の子。
「え……? 殺すって……陽菜を殺せって事……ですか?」
「そう、今すぐ殺して。そうしたらテスト合格、内定出しちゃうわ」
女の子はニコニコしながら殺人を指示する。
「ちょっと待ってください。彼女とは結婚の約束があります。婚約者を殺すなんてことできません」
達也は必死に断った。
「じゃあ、不合格。君は死刑、陽菜も処分だね」
女の子は肩をすくめる。
「しょ、処分? 僕が断ったらあなたが陽菜を殺すんですか?」
「そうだよ? この世界の秘密を知っちゃった者は処分って決まってるのよ」
「だ、だめです! そんな事させません!」
「ふーん、じゃ、どうするの? 僕を殺す? きゃははは!」
女の子はうれしそうに笑った。
1-10. 限りなくにぎやかな未来
達也はうつむきギュッと目をつぶる。
自分が余計なことを言ってしまったがために陽菜まで巻き込んでしまった。浮かれて余計なことをしてしまったことを心から悔やむ。
こうなれば自分の命をなげうってでもこの女の子を止めるしかない。
「僕の答えはこれです!」
達也は叫ぶと、自分の身体をウラン235、つまり核物質へと変質させる。通常危険物質への変換はシステムでエラーになるが、自分の身体だけは例外だったのだ。
「へっ?」
女の子が、鈍く光る金属体になった達也を見て唖然とした瞬間、強烈な核分裂反応が起こり、原爆の数十倍におよぶエネルギーが解放された。
激しい閃光は天地を焦がし、すさまじい熱線がサンゴ礁の小島を一瞬で蒸発させ、南の海は一斉に沸騰する。
衝撃波は白い繭のように音速で広がっていき、中から灼熱のキノコ雲が現れる。それはまさに地獄絵図だった。
後には広大なクレーターとボコボコと沸騰する海だけが残り、達也はこの世から消えていった。
やがて夕暮れの南太平洋には、悲壮な達也の決意を表すかのように激しい雨が降り注ぐ。
◇
「達兄ぃ! 起きて!」
陽菜が肩を揺らし、達也は目を覚ます。
「えっ? あれっ!?」
自爆攻撃で神の女の子を葬ったはずの達也は、一体何が起こったのか分からなかった。見回すとそこは陽菜の家の応接間のソファーである。
「これ美味しいね」
ソファーの向かいの椅子で誰かがクッキーをポリポリ食べている。
達也が目を凝らして見ると、それは青い髪の女の子だった。
飛び上がった達也は陽菜をソファーの後ろへと追いやり、叫んだ。
「お、お前! 陽菜には指一本触れさせんぞ!」
すると、陽菜が驚いたように言う。
「達兄ぃ! 何言ってんの? 彼女は紫杏ちゃん、私の友達よ!」
「え……?」
達也は混乱した。陽菜を殺すと言っていた女の子が陽菜の友達? 確か八十八点ばかり取って水面を歩いていた女の子……。
ハッとして紫杏を見る達也。
「試験は合格よ、達也。うちで働く?」
紫杏はニッコリと笑って言った。
「え……? 陽菜を殺すのが試験だって……」
「はっはっは、僕の友達を殺させるわけないじゃない。理不尽な話をちゃんと断れるか見たかっただけよ」
そう言ってまたクッキーをかじった。
「えっ……。そう言えばタワマン壊してましたよね?」
達也は窓から武蔵小杉を見る。しかし、タワマンは健在だった。
「あ、あれっ?」
一体何が起こったのか分からない達也。
「あれ? 二人は知り合いなの?」
陽菜は不思議そうに聞く。
「達也はね、うちのパパの会社で働くことになったのよ」
紫杏はニコニコしながら言う。
「えっ? 達兄ぃ良かったじゃない!」
陽菜はニコッと笑いながら達也を見る。
「あ、うん。良かった……かな」
達也は釈然としない思いを抱えつつ言った。
「そうだ、今日はこれから花火大会なのよ。達兄ぃも行かない?」
「へ? 花火?」
達也は驚いた。今はそんなシーズンではないはずだった。
しかし、よく見ると、陽菜は見覚えのある真っ白なワンピースを着ている。
「えっ、もしかして今は夏? プールに行く前って事?」
「何言ってるの? 夏に決まってるじゃない。プールは今週末紫杏ちゃんと行くのよ?」
達也は唖然とした。四カ月ほど時間が巻き戻されていたのだ。
ポカンとまぬけに口を開けながら、紫杏を眺める達也。
「悲劇は起こる前に戻すっていうのが本当の解決だよ、達也くん」
紫杏は人差し指を振りながら言う。
「じ、時間まで戻せるんですか?」
達也は小声で紫杏に聞く。
「そんなことできないよ。単にこの星のデータを昔のバックアップに後退復帰しただけ」
「ロ、ロールバックって……。おみそれしました……」
つまり紫杏は地球の仮想現実空間のデータを全部昔のデータに書き換えたらしい。そうなるとまるでゲームのセーブポイントのように全てが昔の状態に戻ってしまうのだ。
「あれ? じゃあもしかして結婚の話は?」
達也はそう言って陽菜を見る。
「け、結婚? 達兄ぃ結婚するの? 誰と?」
陽菜はキョトンとして言う。
達也はガックリと肩を落とし、紫杏をジト目で見る。
紫杏は肩をすくめると、
「もう一回頑張ってみよう! きゃははは!」
と、屈託のない笑顔で笑った。
「くぅ……、チャラか……」
達也はしばし頭をかきむしってうつむいていたが、パン! と太ももを叩くと、
「丸子橋、行こうか?」
そう言って陽菜に手を差し出した。
「え? なんで丸子橋で見るって知ってるの?」
「ふふっ、僕も万華鏡の花火を見たいんだ」
そう言って達也はニッコリ笑った。
了
それから三カ月、達也は法人を作り、毎日のように水から作った銀、錫、銅の金属塊を軽トラックに載せてあちこちの業者に売りに行った。一回当たり五百万円、すでに四億円の利益となっている。
調子に乗った達也は、タワマンの最上階の部屋を買ってみる。川の向こうに毎日見ていた武蔵小杉のタワマン、一体どんな景色が見えるのだろうかと思っていたが、買ってしまえばいいのだ。お金にはもう困らないのだから。
不動産屋は最初、学生が億ションを買おうとするのを怪訝そうに感じていたようだったが、預金通帳の残高を見せると途端に上機嫌になり、揉み手しながら書類を全部揃えてくれた。
達也は家具と家電製品、日用品を全部ネットで注文してそろえて配置する。デカいソファにオシャレなカーテン。高級感ある間接照明に観葉植物を配して理想の秘密基地を作り上げた。こんな贅沢していいんだろうかとは思ったが、金はまだ何億円も残っているし、今後も増える一方である。心行くまで贅沢を満喫してやればいいのだ。
上機嫌になった達也は近所のショッピングセンターでシャンパン、チーズやつまみを買ってきた。
窓の外を見ると丁度日が暮れて夜景へと変わっていく。
「おぉ……」
達也はその圧倒的な景観に思わず息をのんだ。多摩川の向こうに広がる東京の街並み。赤い東京タワーにスカイツリー、羽田空港からは次々と飛行機が飛び立っていく。
まるで宝石箱をひっくり返したような街の煌めきにしばらく見入ってしまった。
この世界が仮想現実だと気づいてから四カ月、ついに達也は夢の暮らしを手に入れたのだ。
達也はシャンパンをポン! と、開け、グラスに注ぐと夜景に向けて掲げる。
「この、素晴らしき仮想現実空間に乾杯!」
一口含むとシュワシュワとした炭酸の向こうにホワイトフラワーの香りが漂い、やがて野生のベリーのアロマが立ち上がってくる。
この複雑な味わいが全て仮想現実空間上のデータだなんてとても信じられないが、理屈としては疑う余地はなかった。
達也は酔った勢いで自分の体に対してコマンドを発行してみる。重力適用度というパラメーターがあったのでこれを0%にしてみたのだ。すると、ふんわりと身体が浮かび上がり、エアコンの風を受けてゆっくりと身体が回転していく。まるで宇宙ステーションのように無重力になってしまったのだ。
うはぁ!
達也はうれしくなって壁を蹴り、天井を蹴り、くるくると回りながら部屋の中で無重力を堪能する。
「そう! これだよこれ! ヒャッハー!」
達也は絶好調だった。仮想現実空間を操れる、それはまさに神の力である。
この後、自分の体に速度を与えて空を飛んだり、座標を書き換えてワープをしたりしながら夜遅くまで新たな世界を堪能していった。
◇
達也はしばらく世界のあちこちへワープし、観光しながら世界を飛び回る。ロンドン、パリ、ピラミッドにマチュピチュにイースター島、行きたかったところ全てに行ってみる。それは夢のような時間だった。
モアイ像の並ぶ草原に寝転がりながら、達也は太平洋に沈んでいく夕陽を眺める。人類が数千年かけて築いてきた文化と文明の営みを堪能した達也は、一体神は何がしたいのか、人類に何を求めているのかつらつらと考えていた。
「もしかしたら、こうやって文化を愛でたかったのかもしれないな」
達也は傍らの巨大なモアイ像を見上げ、その独創的な迫力に痺れ、思わず見ほれた。
これをゼロから生み出すのは神様だって大変に違いない。だから人類を育てたのかもしれない。そう思いながら沈んでいく太陽が最後に緑色に輝く瞬間を眺めていた。
◇
めぼしいところを回りつくした達也は、南太平洋のサンゴ礁でできた小島のビーチで寝転がるようになった。
どこまでも澄みとおる青空に南国の雲、限りなく透明で青い海……、まさに天国である。
達也はその小島にコテージを建て、時間がある時は真っ白のサンゴ礁のビーチで波の音を聞きながらリゾートライフを楽しむようになった。
周囲数百キロ誰もいないのだ。何の気兼ねもなく酒を飲み、つまみを食べ、ゆるやかな時間を満喫する達也だった。
1-6. 少女の抱える闇
達也は陽菜にもこの楽しい暮らしをおすそ分けしようとメッセージを打っていたが、なぜか返事はなかった。
返事がない以上打つ手も無いので、放っておいたのだが、母親から気になる事を聞かされる。
「お隣の陽菜ちゃんね、どうも不登校みたいなのよね」
「えっ!? いつから?」
「もう一ヵ月くらい行ってないみたいよ」
達也は言葉を失った。陽菜とはもっと密に連絡を取っておくべきではなかったか? 彼女から返事がないからと放置して、自分の事ばっかりやっていた自分にどうしようもなく腹がたった。
達也は急いで部屋に戻ると陽菜にLINEを打つ。
『おひさしぶり、何だか辛い目に遭っていたのに気づかずにゴメン。よかったらどこかお茶でも行かない?』
すると、すぐに返事があった。
『私も返事しなくてごめん。部屋から出たくないの』
『じゃあ、これから部屋行っていい?』
『えっ!? ……。いいけど、パパママ居るから……』
達也はお茶とお茶菓子を手早く用意すると、陽菜の部屋にワープした。
「おまたせ~」
にこやかに笑いながら達也が陽菜の部屋へ行くと、陽菜はベッドの中でスマホをいじっていた。
「えっ!? 達兄ぃ……、どうやって?」
「後で説明する。まずはお茶でも飲んで」
そう言いながら達也はちゃぶ台にお茶とお茶菓子を並べた。
陽菜は憔悴しきっていたが、達也の登場にホッとした様子でベッドに腰かけるとお茶をすすった。
「僕ね、陽菜のおかげで神様に一歩近づいたんだ」
達也はお茶をすすりながら言った。
「神……様……?」
怪訝そうな陽菜。
「この世界は仮想現実空間だって言ったじゃん? 仮想現実だったらデータいじったらいろいろ便利なことがあるんだ。こうやってワープしたりね」
「ワープ? この部屋に跳んできたって事?」
陽菜は目を丸くする。
達也は今までにやってきたことを全て陽菜に伝えた。水を金属に変えて大金を儲けたこと。そして、タワマンの最上階に秘密基地を作り、世界旅行をし、南の島のコテージでリゾートを楽しんでいること。その全てをゆっくりと丁寧に説明した。
陽菜には知る権利があったと思うし、今まで陽菜の事を放置してしまった自分の贖罪の意味も込めて伝えた。
「じゃあ、お金にも困らないし、どこへでも行けるんだ……」
「そう、もうすべて自由なんだ」
達也はニコッと笑う。
「ねぇ、私をこの街から連れ出して」
陽菜は達也の手を取って今にも泣きそうな目で言った。
「かしこまりました、お嬢様」
達也はそう言うと陽菜の身体を浮き上がらせ、お姫様抱っこで受け止める。
「えっ!?」
驚く陽菜を抱いたまま達也はワープした。
真っ白な砂浜に真っ青な海、ちょうど陽が沈む時間で、水平線の向こうに真っ赤な太陽が沈んでいく。そこは南太平洋のサンゴ礁の上空だった。
どこまでも透き通った鮮やかな夕暮れ空に浮かぶ茜色の雲。陽菜はまるで夢でも見ているみたいに口をポッカリと開き、ただ、静かに水平線の向こうへ沈んでいく太陽を見ていた。
「どう? 綺麗でしょ?」
陽菜は静かにうなずいた。
「陽菜のおかげで僕は何でもできる人になったんだ。陽菜の願いは何? 何でも叶えて上げるよ」
達也は優しく言った。
陽菜はぐっと奥歯をかみしめ、そしてうつむいた。
「何? どうしたの? 何でも言ってごらん」
「何でも……いいの?」
「もちろん。何でも」
陽菜は絞り出すように言った。
「ねぇ、あいつらを殺して」
達也は一瞬ピクっとしたが、
「いいよ、僕が殺してあげる」
そう言って陽菜の頬を優しくなでた。
うわぁぁぁぁん!
陽菜は今までため込んできたものを吐き出すように号泣した。
達也はただ優しく髪をなで、こんなになるまで放置してしまった自分の間抜けさを呪った。
1-7. シャトーブリアン
達也はコテージ前の砂浜にテーブルを置き、オレンジジュースを注いで陽菜に出した。
「……。ありがとう」
泣き疲れた陽菜は腫れぼったい目をしながらジュースを一口飲む。
ポツリポツリと話す内容を総合すると、不良グループに狙われた陽菜はある日体育倉庫で囲まれて服をはぎ取られ、性的ないじめを受けてしまった。そして、その模様をスマホで録画され、それをネタにいろいろな脅迫を受けているとのことだった。
達也はうんうんと静かに聞き、
「陽菜はもう心配しなくていい。全部僕に任せなさい」
そう言ってまっすぐに陽菜を見た。
陽菜は安堵したように静かにほほ笑んだが、
「でも、もうお嫁にいけないわ……」
そう言うとまたうつむき、涙をポトリと落とした。
「何を言ってるんだ。いじめぐらいで陽菜の魅力は無くならないよ。もし、どうしてもうまくいかなかったら、ぼ、僕の所においで」
達也は真っ赤になって言った。
「え……?」
キョトンとする陽菜。
「陽菜ほど魅力的な娘はいないよ。その気になったらいつでもおいで」
女の子と全く縁のない達也が、なぜこんな臭いセリフを自然と言えるのか不思議だったが、それでもそれは本心だった。
「達兄ぃ――――!」
陽菜はいきなり達也に抱き着き、そしておいおいと泣き出した。
ふんわりと香る優しい匂いにつつまれ、達也はドギマギしながら陽菜の背中をさする。
陽菜はひっくひっくとしゃくりあげながら言った。
「達兄ぃ……、結婚……して、今……すぐ」
達也は、鬱屈していたものが弾けるように噴き出している陽菜を、優しく抱きしめる。そして、
「そんな焦らなくても僕は逃げないよ」
そう言って髪をなでた。
◇
「さぁ、ディナーにしよう」
達也はストレージから松坂牛のシャトーブリアンを一つとりだし、皿の上に載せるとスマホを向けて温度を上げた。
みるみる色が変わっていくシャトーブリアン。そしてブランデーを振りかけると表面温度を三百度に上げる。
ボッ!
一気に紅い炎が立ち上り、香ばしい匂いが漂ってくる。
「うわぁ! すごぉぉい!」
目をキラキラと輝かせる陽菜。
「ふふっ、おいしそうだろ? 日本一美味しいステーキだよ」
スパイスソルトをかけながらドヤ顔の達也。
「でも……、一つしかないわよ?」
怪訝そうに陽菜が言うと、
「ここからが神の力の見せ所!」
そう言ってステーキにスマホをかざすと、コピーしてペーストした。
ボン!
隣に全く同じステーキが登場する。
「へっ!?」
唖然とする陽菜。
「ほら、早く召し上がれ」
そう言いながら達也はナイフとフォークを手渡した。
陽菜はキツネにつままれたような顔をしながら一切れを口に運ぶと、
「うわっ! おいしーい!」
と、目を真ん丸にして驚いた。
「ふふっ、お口にあったようで何より。欲しければ幾らでもペーストするから言ってね」
達也はニッコリと笑い。
陽菜は満面の笑みでうなずいた。
◇
食事が終わると陽菜を自宅まで送り届け、達也はイジメの主犯格の女の情報を追った。
電話番号からスマホを特定し、神の力を使って中身を乗っ取る。そして、保存してる動画やLINEのグループメンバーの情報を引っこ抜いて動画は消し去った。同様にメンバー全員のスマホを次々と乗っ取って動画の削除や他に動画の保管先がないか確認していく。
見ると被害者は陽菜だけではなかった。多くの女の子がいいように嬲られている証拠が残されていた。
達也はギリッと奥歯をきしませると、復讐に使うツールを淡々と開発していった。奴らを殺すのは簡単だ。太平洋の深海にワープさせてやればいい。証拠一つ残さずこの世から消せるだろう。しかし、それでは飽き足らないのだ。一生解けない呪いをかけてやろう。
翌朝達也は不良グループ全員を次々と南太平洋の小島にワープさせた。
不良たちは突然現れた真っ白なサンゴ礁のビーチに戸惑い、デスゲームに放り込まれたのではないかと焦って小競り合いをしている。
1-8. 指導の応酬
「はい、こんにちは!」
達也はキツネのお面をして上空から彼らに声をかける。
「な、なんだお前は!」「俺たちを日本に返せ!」
口々に罵声を浴びせかける不良たち。
「君たち、イジメをしているね? いかん、いかんなぁ。よって制裁を受けてもらう」
「イジメ? 何を言ってんの? あれは指導よ! 礼儀を知らない連中に社会って物を教えてるだけよ!」
主犯格の女が喚いた。罪の意識が全くないらしい。人として大切なものを失ってしまっているのだ。
達也は首を振りながら肩をすくめる。
そして、大きく息をつくと言った。
「指導、指導か、いいね。では、今度は僕が君たちを指導してやろう」
達也は主犯格の女の、脳の痛みを感じる部位『視床』に唐辛子のエキスをワープさせ注入した。
ぐぎゃぁぁ!
女は絶叫しながら白い砂浜の上を七転八倒しながらのたうち回った。今まで感じたことも無いような激痛、それこそ全身を切り刻まれるような、熱湯にぶち込まれるような激痛を味わっているのだろう。
「イジメをすると手痛いしっぺ返しが待ってるという『指導』だよ、よく見ておきたまえ」
周りの不良たちは真っ青な顔をして、苦しみもがく女をただ見つめていた。
しばらくのたうち回っていた女だったが、徐々に落ち着きを取り戻し、やがて砂まみれのゲッソリとした顔で上空の達也をにらんだ。
「さて、ゲームをしよう。今後君たちにひどい目に遭わされたという報告がネットで上がる度に全員に今の十倍の痛みをプレゼントしよう」
「ぜ、全員!?」「十倍!?」「はぁっ!?」
不良たちは呆然としながら達也を見上げる。
「い、今のだって死にそうなのに十倍なんて確実に死ぬわ! 人殺しよそんなの!」
主犯格の女が喚く。
「イジメを苦にして自殺者が出たらお前らも人殺しだ。分かってて言ってる?」
達也は語気に怒りをにじませながら言った。
不良たちは渋い顔でお互い顔を見合わせる。
「あのぉ……」
小柄な気の弱そうな男が手を上げる。
「何だ?」
「僕、彼らのパシリなんです。イジメがあったとして、彼らと同じように罰されるのは……そのぉ……」
「ふむ、それであれば君には彼らの監視役をやってもらおう。彼らの暴力行為がちゃんとネットで報告されるように周りの人に周知徹底しろ。漏れがあればお前に罰が行く」
「わ、分かりました」
すると近くにいた女が喚く。
「てめぇ! 何一人だけ抜け駆けしてんだよ!」
直後、その女は『ぐぎゃぁぁぁ!』と、絶叫しながら気を失って失禁し、ビクンビクンと痙攣しながら砂浜を転がった。
「見たまえ、これが十倍だよ」
達也はうれしそうに言う。
周りの者は皆、さぁっと血の気が引き、言葉を失う。
「お前ら、二度と人を傷つけないと誓え! 分かったか!?」
達也は叫ぶ。
「は、はい」「わ、分かりました」「そうします……」
不良たちは渋々答える。
「それじゃ、十倍、行ってみよう!」
達也は右手を高く掲げた。
「えっ!?」「ちょっと待って!」「いやぁぁぁ!」
うろたえる不良たち。
直後、断末魔の悲鳴が一斉に響いた。
ぎゃぁぁぁ! ぐはぁ! ぎゅわぁぁ!
砂浜には気絶して失禁する不良たちがゴロゴロと転がり、監視役はその様を見て真っ青になって震えていた。
「お前はちゃんと奴らの悪行がネットに上がるように工夫しろよ。毎日見てるからな」
「わ、分かりました……」
監視役は頭を下げる。
達也は全員を高校の中庭に転送し、騒ぎになる様を動画で丁寧に記録した。不良たちが失禁しながら痙攣し、うめき声をあげるさまは極めて異様で、生徒や教員も何をどうしたらいいのか分からず、ただ茫然と地獄絵図を見つめていた。
「いい絵が撮れたな」
達也はそう言うと、陽菜にその様子をLINEする。これでも納得いかなければ本当に殺す以外ない。
しばらくすると返事が来る。
「ありがとう。今晩部屋に来て」
達也はカワウソがサムアップしているスタンプを送った。
◇
達也はタワマンに戻ってくると、缶ビールをプシュッと開けてゴクゴクと飲んだ。一仕事終えた疲労感に、ホップの苦みが沁みわたる。
暴力に対して暴力で応じたというのは決して褒められる話ではないが、これで二度と陽菜に手を出そうとは思わなくなるはずだ。そういう意味では必要悪という奴だろう。
達也は眼下に広がる東京の街並みを見ながら、ふぅと大きく息をついた。
その時だった、急に大地震が起こったように床がゴゴゴゴと動き出した。
達也は何が起こったのか分からず、急いで上空へとワープする。
すると、タワマンが斜めにスッパリと斬れ、上層部がずりずりとずれながら落ちていくのが見えた。
はぁっ!?
達也は呆然としてその大災害を見つめる。悲鳴や絶叫が響き渡り、電気回線がショートしてあちこちでバチバチと小さな爆発を起こす。そして最後には、上層部は崩落していき、百メートルほど下の地面へと墜落して大爆発を起こした。
いきなり襲ってきた常軌を逸している破滅的な攻撃、そこには神の力の臭いがする。まさかこれが神の『指導』?
達也は背筋にゾクッと戦慄が走るのを覚えた。
1-9. ハッキングは死刑
達也が真っ青な顔で言葉を失っていると、『きゃははは!』と、上の方から笑い声が聞こえる。
驚いて上を向くと、そこには青い髪をした女の子が宙に浮いて笑っていた。
デニムのオーバーオールに白いシャツ、グレーの帽子をかぶったその可愛い女の子を見上げ、達也は心臓がバクバクと激しく高鳴るのを感じた。
この女の子は神の力を使い、タワマンをぶち壊して楽しんでいる。
その娘の背筋の寒くなるような存在感に、達也はどうしたらいいのか分からず、固まってしまう。
すると女の子は、
「やっぱり出てきたねっ! みーつけた!」
そう言いながらうれしそうに達也の前まで下りてきた。
「こ、これは君がやったのか?」
「そうだよ? ハッカーがこの辺に潜伏してそうだったので斬ってみたんだ」
女の子はニコニコしながら言う。
「多くの犠牲者が出てますよ? いいんですか?」
達也はにらみながら言った。
「他人のことより、自分のこと心配したら? ハッキングは重罪だよ?」
女の子は急に険しい調子になると、腰に手を当てて達也をにらむ。
「えっ!? 誰にも迷惑かけてないじゃないですか!」
「だーめ! ハッキングは死刑って決まってるのよ」
女の子は人差し指をゆらす。
この世界を管理する存在にバレてしまった。それは最悪の事態だった。
くっ!
達也はパリの地下洞窟にワープする。以前観光で訪れたその洞窟は長大で暗く、不気味で身を隠すにはうってつけだと思ったのだ。岩陰に身を隠し、見つからないことを必死に祈る。
この洞窟はカタコンブ、要は墓場である。壁には人間の頭蓋骨がたくさん並んでいて気味が悪いのだが、今はそんな事はどうでも良く感じられる。
きゃははは!
楽し気な笑い声が洞窟の中に響く。やはり神ともいうべきこの世界の管理者からは逃れられないらしい。
「逃げたって無駄だよ~」
女の子の声が洞窟に反響しながら近づいてくる。
しかし死刑を受け入れる訳にもいかない。
達也は意を決すると南太平洋のコテージにワープする。
そして室内に多量のTNT火薬を山のように配置した。逃げられないなら倒す以外ない。神相手にこんな攻撃が効くのかどうかわからないが、やれることはやってみる以外なかった。
直後、
「逃げても無駄だってば!」
そう言いながら女の子がワープしてくる。
それと同時に達也は上空に跳び、火薬に点火した。
ズン!
コテージは轟音をあげながら大爆発を起こし、巨大な炎の玉がサンゴ礁の小島の上に広がっていく。
「やったか……?」
激しい熱線を浴びながら達也は様子をじっと見守った。
可愛い女の子に爆弾を浴びせるなんてこと、やりたくないのだが殺されるわけにもいかない。
きゃははは!
炎の玉がキノコ雲となって舞い上がっていく中から笑い声が響く。
女の子はまるで鬼ごっこを遊んでいるかのように、青い髪をゆらしながら楽しそうに達也の方にツーっと飛んでくる。
達也は観念する。やはり神には通常の攻撃など効かないのだ。
女の子は達也の前まで来ると嬉しそうに言う。
「いいじゃん、君、センスあるよ。うちで働くかい?」
死刑宣告かと思ったらリクルーティングである。それも神の組織で働く、それはとても魅力的な話だった。
「えっ!? い、いいんですか?」
達也は思わず声が裏返りながら言う。
「ただし、一つテストをさせてもらうよ」
女の子はニッコリと笑って言った。
「わ、分かりました。何をすれば?」
「あなた、陽菜に全部しゃべったでしょ? あれ、マズいんだよね。殺してくれる?」
ニヤッと笑う女の子。
「え……? 殺すって……陽菜を殺せって事……ですか?」
「そう、今すぐ殺して。そうしたらテスト合格、内定出しちゃうわ」
女の子はニコニコしながら殺人を指示する。
「ちょっと待ってください。彼女とは結婚の約束があります。婚約者を殺すなんてことできません」
達也は必死に断った。
「じゃあ、不合格。君は死刑、陽菜も処分だね」
女の子は肩をすくめる。
「しょ、処分? 僕が断ったらあなたが陽菜を殺すんですか?」
「そうだよ? この世界の秘密を知っちゃった者は処分って決まってるのよ」
「だ、だめです! そんな事させません!」
「ふーん、じゃ、どうするの? 僕を殺す? きゃははは!」
女の子はうれしそうに笑った。
1-10. 限りなくにぎやかな未来
達也はうつむきギュッと目をつぶる。
自分が余計なことを言ってしまったがために陽菜まで巻き込んでしまった。浮かれて余計なことをしてしまったことを心から悔やむ。
こうなれば自分の命をなげうってでもこの女の子を止めるしかない。
「僕の答えはこれです!」
達也は叫ぶと、自分の身体をウラン235、つまり核物質へと変質させる。通常危険物質への変換はシステムでエラーになるが、自分の身体だけは例外だったのだ。
「へっ?」
女の子が、鈍く光る金属体になった達也を見て唖然とした瞬間、強烈な核分裂反応が起こり、原爆の数十倍におよぶエネルギーが解放された。
激しい閃光は天地を焦がし、すさまじい熱線がサンゴ礁の小島を一瞬で蒸発させ、南の海は一斉に沸騰する。
衝撃波は白い繭のように音速で広がっていき、中から灼熱のキノコ雲が現れる。それはまさに地獄絵図だった。
後には広大なクレーターとボコボコと沸騰する海だけが残り、達也はこの世から消えていった。
やがて夕暮れの南太平洋には、悲壮な達也の決意を表すかのように激しい雨が降り注ぐ。
◇
「達兄ぃ! 起きて!」
陽菜が肩を揺らし、達也は目を覚ます。
「えっ? あれっ!?」
自爆攻撃で神の女の子を葬ったはずの達也は、一体何が起こったのか分からなかった。見回すとそこは陽菜の家の応接間のソファーである。
「これ美味しいね」
ソファーの向かいの椅子で誰かがクッキーをポリポリ食べている。
達也が目を凝らして見ると、それは青い髪の女の子だった。
飛び上がった達也は陽菜をソファーの後ろへと追いやり、叫んだ。
「お、お前! 陽菜には指一本触れさせんぞ!」
すると、陽菜が驚いたように言う。
「達兄ぃ! 何言ってんの? 彼女は紫杏ちゃん、私の友達よ!」
「え……?」
達也は混乱した。陽菜を殺すと言っていた女の子が陽菜の友達? 確か八十八点ばかり取って水面を歩いていた女の子……。
ハッとして紫杏を見る達也。
「試験は合格よ、達也。うちで働く?」
紫杏はニッコリと笑って言った。
「え……? 陽菜を殺すのが試験だって……」
「はっはっは、僕の友達を殺させるわけないじゃない。理不尽な話をちゃんと断れるか見たかっただけよ」
そう言ってまたクッキーをかじった。
「えっ……。そう言えばタワマン壊してましたよね?」
達也は窓から武蔵小杉を見る。しかし、タワマンは健在だった。
「あ、あれっ?」
一体何が起こったのか分からない達也。
「あれ? 二人は知り合いなの?」
陽菜は不思議そうに聞く。
「達也はね、うちのパパの会社で働くことになったのよ」
紫杏はニコニコしながら言う。
「えっ? 達兄ぃ良かったじゃない!」
陽菜はニコッと笑いながら達也を見る。
「あ、うん。良かった……かな」
達也は釈然としない思いを抱えつつ言った。
「そうだ、今日はこれから花火大会なのよ。達兄ぃも行かない?」
「へ? 花火?」
達也は驚いた。今はそんなシーズンではないはずだった。
しかし、よく見ると、陽菜は見覚えのある真っ白なワンピースを着ている。
「えっ、もしかして今は夏? プールに行く前って事?」
「何言ってるの? 夏に決まってるじゃない。プールは今週末紫杏ちゃんと行くのよ?」
達也は唖然とした。四カ月ほど時間が巻き戻されていたのだ。
ポカンとまぬけに口を開けながら、紫杏を眺める達也。
「悲劇は起こる前に戻すっていうのが本当の解決だよ、達也くん」
紫杏は人差し指を振りながら言う。
「じ、時間まで戻せるんですか?」
達也は小声で紫杏に聞く。
「そんなことできないよ。単にこの星のデータを昔のバックアップに後退復帰しただけ」
「ロ、ロールバックって……。おみそれしました……」
つまり紫杏は地球の仮想現実空間のデータを全部昔のデータに書き換えたらしい。そうなるとまるでゲームのセーブポイントのように全てが昔の状態に戻ってしまうのだ。
「あれ? じゃあもしかして結婚の話は?」
達也はそう言って陽菜を見る。
「け、結婚? 達兄ぃ結婚するの? 誰と?」
陽菜はキョトンとして言う。
達也はガックリと肩を落とし、紫杏をジト目で見る。
紫杏は肩をすくめると、
「もう一回頑張ってみよう! きゃははは!」
と、屈託のない笑顔で笑った。
「くぅ……、チャラか……」
達也はしばし頭をかきむしってうつむいていたが、パン! と太ももを叩くと、
「丸子橋、行こうか?」
そう言って陽菜に手を差し出した。
「え? なんで丸子橋で見るって知ってるの?」
「ふふっ、僕も万華鏡の花火を見たいんだ」
そう言って達也はニッコリ笑った。
了