俺が会場に向かうと、見知った二人が俺に向かって手を上げていた。
「おぉ、晴翔! こっちこっち!」
春哉が会場の入り口付近でぶんぶん手を振りながら、元気な声を上げた。
「つか、お前らマジ仲いいよな~。さすがはるコンビ」
春哉の隣で佐野みくるが、俺と春哉を見比べてそう言う(はるコンビというのは言わずもがな「はると」と「はるや」で「はる」がかぶってるからだ)。
俺が「そうか?」と返すと、春哉は「仲いいだろ⁉」と怒ったふりをした。そんな春哉の元気さに今日は少し心が救われた。
春哉が今回誘ったのは佐野だけらしい。佐野は俺たちの隣のクラスの男子だ。
名前とその美形も相まってか女の子にも見える。そのため女子からも男子からも超絶な人気を誇っている。黙っていれば美人でイケメン。ただし性格は素直で嘘がつけない正直者だ。見た目がねこっぽいなら性格は子犬っぽい方感じだと思う。
佐野ともよく話すし、春哉と同じくらい話しやすいやつかもしれない。春哉は俺の性格を考えて、こいつだけ誘ってくれたんだろうか。そう考えると友達の多い春哉と佐野には少し申し訳なくなった。今度何かお礼をしよう……。
「そいえば、佐野は彼女と回らなくていいのか?」
俺がふと思い出したことを言うと、佐野は慌てたように顔を赤くした。
「え、紺野、お前、知ってたのか⁉」
「いや、前に駅前のカフェの近くでお前と彼女っぽい人がいたから……。なんとなくそう思っただけ」
「え、まじ⁉ 俺、みくるに彼女いるとか聞いてねぇ!」
大声でそういう春哉の口を、佐野は慌てて手で覆う。
「バカ! 声が大きい! あ、あれは、姉ちゃんだよ!」
「いや、佐野に姉さんいないだろ。お前ひとりっこじゃん」
俺が冷静に突っ込むと、佐野は自分で自分の墓穴を掘ったのに気づいたのか、カクッとうなだれてしまった。
「ほんとみくるは噓つけねぇよなぁ。てか、お祭りなんてデートの定番じゃんね。なんでおれらの方に来たん?」
春哉が心底不思議そうに佐野に問いかけると、佐野は顔を真っ赤にしながらこう言った。
「俺、まだデートしたことなくて……。いきなりお祭りデートはハードルが高いというか。彼女にも一応誘われたんだけど……」
「「いや、行って来いよ」」
俺と春哉はこういう時に意見が合う。しらっとした視線を佐野に向けてやると、佐野は後ずさってそれからこう言った。
「今からでも間に合う、かな……?」
「桜フェスに参加しないやつの方が少ねーよ! どっかに彼女さんいるだろ! 俺らとはまた今度どっか行けばいいし」
「春哉の言うとおりだ。早く行ってこい。まだフェスが始まってそんな時間も経ってないし、探せば見つかると思うしな。困ったら俺らも手伝う」
俺と春哉はニヒッと笑うと、佐野の背中を思いっきり押し出した。
「ありがと~!」
佐野はそう言いながら屋台の間を走り抜けていく。マジで子犬みたいでちょっと笑ってしまった。
「みくるの彼女さんも、あいつのギャップにやられたんだろうな」
「間違いない」
そう言った俺たちのスマホに一通のメッセージが届いた。
『言い忘れてた! 今日のシークレットゲスト、俺のいとこなんだ! ちゃんと見てくれよな!』
「佐野のやつ、さらっとネタバレしたな」
「彼女さんに会えなきゃいいのに」
俺が苦笑しながらそう言った横で、春哉はものすごい笑顔で毒を吐いた。そう言えばこいつは毒舌がたまに出るんだった。
佐野と別れてからはしばらく春哉と二人で屋台を回った。佐野からは連絡が来ないとこを見ると、彼女さんと無事会えたのだろう。
春哉が急に全種類制覇だとか言い出したから、二人で割り勘して色んな屋台飯を食べ回った。後半はほぼ春哉しか食べてなかったが。
そんなこんなしているうちに、あっという間にフェスが本格的に始まった。運のいいことに観客席の一番前に座れたため、アーティストを近くで見ることができる。名無しさんと直接話せる可能性も高い。
一組目は音楽ではなく、書道パフォーマンスだった。音楽が来なかったことにどこかホッとした自分がいて、その事実に胸が痛くなった。
二組目三組目……全部で五十組もある中あと一人で半分が終わる。あたりは少し夕暮れがかってきている。俺の知ってるアーティストはほとんど前半に出ていた。後半は俺はあまり聞かない有名なロックバンドとかだ。音楽を聴くとまだ少し苦しさがある。次で半分が終わると思うと肩の力が少し抜けた。
「それでは、二十五組目! シークレットゲストの倉野あおいさんの登場でーす!!!」
会場内が一気に盛り上がり、大きな歓声が上がった。
マイクを持って出てきたのは、二十代くらいの若い男の人。あの人が佐野のいとこさんか……。言われてみれば、少し佐野に似ている。佐野はクールな見た目だけど、あおいさんは柔らかい表情をした感じの人。観客席に向けた笑顔は爽やかで人懐っこい感じだ。
——ついに、出会った。あの曲を作った人に。
「皆さん、初めまして! 倉野あおいと申します。知っている方も多いと思いますが、あの名前の無い曲を作った者です。あの時は僕の名前は出さずに動画を出したんですが、この音楽の街に恩返ししたいということで、本名でこれからは活動させていただくことになりました!」
その一言で、会場内から再び歓声と拍手があがる。
この、声。あの曲で必死に叫ぶように歌っていた声。
心臓が張り裂け差そうなほどの苦しい声を、思いっきり笑いたくなるような明るい声を。俺の記憶には薄れないまま強く焼き付いてる。
「実は今日はあの曲を歌う予定だったんですが、急遽予定を変えて未発表のオリジナル曲を歌います。あの曲はいつか名前がついたときに再び歌おうと思います。期待してくれていた方はごめんなさい! それではオリジナル曲二曲目。聴いてください」
未発表という言葉に、逆に会場は盛り上がる。そして再び静かになり、彼の歌声を待つ。
名無しさん——あおいさんが息を静かに吸った。そして、彼の瞳の鋭い光に吸い込まれるように目が合った。鋭くも温かさを含んだ真っ直ぐな瞳は、何かを言いたげにも見えた。そして、綺麗な声が曲名を告げた。
『夢の音楽』
一呼吸おいて、ピアノが静かに音を奏で始める。徐々にギターやドラムが合わさっていく。そして、マイクが息を吸う音を拾った。瞬間あおいさんの声が会場全体に、いや、音楽の街に響き渡った。
そして、俺は気づいた。俺以外に気付いた人は絶対にいない。
この歌は、あの時の会話がもとになってる。俺が夢を話し、あおいさんに突き放されたもう存在しない会話。
俺の気持ちは、あおいさんの音楽にされたのだ。
瞬間、頭の中は真っ白になって、気づいたら俺は会場を出ていた。
「おぉ、晴翔! こっちこっち!」
春哉が会場の入り口付近でぶんぶん手を振りながら、元気な声を上げた。
「つか、お前らマジ仲いいよな~。さすがはるコンビ」
春哉の隣で佐野みくるが、俺と春哉を見比べてそう言う(はるコンビというのは言わずもがな「はると」と「はるや」で「はる」がかぶってるからだ)。
俺が「そうか?」と返すと、春哉は「仲いいだろ⁉」と怒ったふりをした。そんな春哉の元気さに今日は少し心が救われた。
春哉が今回誘ったのは佐野だけらしい。佐野は俺たちの隣のクラスの男子だ。
名前とその美形も相まってか女の子にも見える。そのため女子からも男子からも超絶な人気を誇っている。黙っていれば美人でイケメン。ただし性格は素直で嘘がつけない正直者だ。見た目がねこっぽいなら性格は子犬っぽい方感じだと思う。
佐野ともよく話すし、春哉と同じくらい話しやすいやつかもしれない。春哉は俺の性格を考えて、こいつだけ誘ってくれたんだろうか。そう考えると友達の多い春哉と佐野には少し申し訳なくなった。今度何かお礼をしよう……。
「そいえば、佐野は彼女と回らなくていいのか?」
俺がふと思い出したことを言うと、佐野は慌てたように顔を赤くした。
「え、紺野、お前、知ってたのか⁉」
「いや、前に駅前のカフェの近くでお前と彼女っぽい人がいたから……。なんとなくそう思っただけ」
「え、まじ⁉ 俺、みくるに彼女いるとか聞いてねぇ!」
大声でそういう春哉の口を、佐野は慌てて手で覆う。
「バカ! 声が大きい! あ、あれは、姉ちゃんだよ!」
「いや、佐野に姉さんいないだろ。お前ひとりっこじゃん」
俺が冷静に突っ込むと、佐野は自分で自分の墓穴を掘ったのに気づいたのか、カクッとうなだれてしまった。
「ほんとみくるは噓つけねぇよなぁ。てか、お祭りなんてデートの定番じゃんね。なんでおれらの方に来たん?」
春哉が心底不思議そうに佐野に問いかけると、佐野は顔を真っ赤にしながらこう言った。
「俺、まだデートしたことなくて……。いきなりお祭りデートはハードルが高いというか。彼女にも一応誘われたんだけど……」
「「いや、行って来いよ」」
俺と春哉はこういう時に意見が合う。しらっとした視線を佐野に向けてやると、佐野は後ずさってそれからこう言った。
「今からでも間に合う、かな……?」
「桜フェスに参加しないやつの方が少ねーよ! どっかに彼女さんいるだろ! 俺らとはまた今度どっか行けばいいし」
「春哉の言うとおりだ。早く行ってこい。まだフェスが始まってそんな時間も経ってないし、探せば見つかると思うしな。困ったら俺らも手伝う」
俺と春哉はニヒッと笑うと、佐野の背中を思いっきり押し出した。
「ありがと~!」
佐野はそう言いながら屋台の間を走り抜けていく。マジで子犬みたいでちょっと笑ってしまった。
「みくるの彼女さんも、あいつのギャップにやられたんだろうな」
「間違いない」
そう言った俺たちのスマホに一通のメッセージが届いた。
『言い忘れてた! 今日のシークレットゲスト、俺のいとこなんだ! ちゃんと見てくれよな!』
「佐野のやつ、さらっとネタバレしたな」
「彼女さんに会えなきゃいいのに」
俺が苦笑しながらそう言った横で、春哉はものすごい笑顔で毒を吐いた。そう言えばこいつは毒舌がたまに出るんだった。
佐野と別れてからはしばらく春哉と二人で屋台を回った。佐野からは連絡が来ないとこを見ると、彼女さんと無事会えたのだろう。
春哉が急に全種類制覇だとか言い出したから、二人で割り勘して色んな屋台飯を食べ回った。後半はほぼ春哉しか食べてなかったが。
そんなこんなしているうちに、あっという間にフェスが本格的に始まった。運のいいことに観客席の一番前に座れたため、アーティストを近くで見ることができる。名無しさんと直接話せる可能性も高い。
一組目は音楽ではなく、書道パフォーマンスだった。音楽が来なかったことにどこかホッとした自分がいて、その事実に胸が痛くなった。
二組目三組目……全部で五十組もある中あと一人で半分が終わる。あたりは少し夕暮れがかってきている。俺の知ってるアーティストはほとんど前半に出ていた。後半は俺はあまり聞かない有名なロックバンドとかだ。音楽を聴くとまだ少し苦しさがある。次で半分が終わると思うと肩の力が少し抜けた。
「それでは、二十五組目! シークレットゲストの倉野あおいさんの登場でーす!!!」
会場内が一気に盛り上がり、大きな歓声が上がった。
マイクを持って出てきたのは、二十代くらいの若い男の人。あの人が佐野のいとこさんか……。言われてみれば、少し佐野に似ている。佐野はクールな見た目だけど、あおいさんは柔らかい表情をした感じの人。観客席に向けた笑顔は爽やかで人懐っこい感じだ。
——ついに、出会った。あの曲を作った人に。
「皆さん、初めまして! 倉野あおいと申します。知っている方も多いと思いますが、あの名前の無い曲を作った者です。あの時は僕の名前は出さずに動画を出したんですが、この音楽の街に恩返ししたいということで、本名でこれからは活動させていただくことになりました!」
その一言で、会場内から再び歓声と拍手があがる。
この、声。あの曲で必死に叫ぶように歌っていた声。
心臓が張り裂け差そうなほどの苦しい声を、思いっきり笑いたくなるような明るい声を。俺の記憶には薄れないまま強く焼き付いてる。
「実は今日はあの曲を歌う予定だったんですが、急遽予定を変えて未発表のオリジナル曲を歌います。あの曲はいつか名前がついたときに再び歌おうと思います。期待してくれていた方はごめんなさい! それではオリジナル曲二曲目。聴いてください」
未発表という言葉に、逆に会場は盛り上がる。そして再び静かになり、彼の歌声を待つ。
名無しさん——あおいさんが息を静かに吸った。そして、彼の瞳の鋭い光に吸い込まれるように目が合った。鋭くも温かさを含んだ真っ直ぐな瞳は、何かを言いたげにも見えた。そして、綺麗な声が曲名を告げた。
『夢の音楽』
一呼吸おいて、ピアノが静かに音を奏で始める。徐々にギターやドラムが合わさっていく。そして、マイクが息を吸う音を拾った。瞬間あおいさんの声が会場全体に、いや、音楽の街に響き渡った。
そして、俺は気づいた。俺以外に気付いた人は絶対にいない。
この歌は、あの時の会話がもとになってる。俺が夢を話し、あおいさんに突き放されたもう存在しない会話。
俺の気持ちは、あおいさんの音楽にされたのだ。
瞬間、頭の中は真っ白になって、気づいたら俺は会場を出ていた。