「梅雨明けだってさ」

 空翔の声が聞こえた時、私は机のなかの荷物を取り出しているところだった。

「ここんところ、ずっと晴れてるもんな」

 答えたのは星弥。
 顔をあげると、教壇に立ったふたりが黒板に落書きをしながら話をしている。
 星弥は星空を、空翔は青空を競い合うように描いている。
 本当に子供みたい、と笑ってから気づく。

 あの夢を見ているんだ……。

 よかった、しばらく夢を見られていなかったから素直にうれしかった。
 夢のなかでは、まだ中学三年生のまま。
 今は、いったい何日なのだろう。
 最後に見たのは七夕の日の夢だった。

 大丈夫。
 今回は夢の冒頭から『病院に連れていく』が頭に浮かんでいる。回数を重ねるごとに自分の意志が反映されるのかもしれない。
 すぐ立ちあがり星弥に声をかけなくちゃ。
 が、足に力を入れようとしても思った通りに動いてくれない。
 試しに声を出そうとしてみるがこれもダメ。

「ねえ、ほづっち」

 なつかしいあだ名に横を見ると、クラスメイトの希実(のぞみ)が誰かを連れて立っていた。
 希実はダンス部の部長で、当時はすごく大人っぽく見えていたのに、今見るとまだ幼さが残る顔立ち、という印象。
 サイドテールの髪をいじりながら希実は申し訳なさそうな顔を浮かべる。

「うちの後輩なんだけどさ。恋に悩んでるんだって。『月読み』してあげてよ」
「すみません」

 しおらしく頭を下げる女の子に、私は「いいよ」とほほ笑んであげる。
 本当は全然よくない。
 星弥は病院に行ってくれたのだろうか?
 それより、今がいつなのかも気になる。

 そうだ、黒板に今日の日付が書いてあるはず。
 けれど、私は女子を隣に座らせると、紙とペンを差し出した。
 どんなにがんばっても、黒板に目線は向いてくれない。

「ここに、生年月日と名前を書いてね」
「はい」

 希実が私のうしろの席に座ったので、目線はさらに黒板から遠ざかる。
 ああ、早く星弥に声をかけないと。
 焦る私の気持ちなんて知らずに、希実は後輩である『四月三日生まれの片倉(とも)』さんの恋について語り出す。