君のいない世界に、あの日の流星が降る

「その時はどんな病気かは教えてくれませんでした。ご両親に説明をしたい、という医師を無視して、しばらくはひとりで悩んでいたようです。まさかそんな大病だと思わなくて、今思えばもっと強く受診を薦めていたら、と……」

 悔し気にうつむく姿を見ながらも、期待に胸が膨らむのを感じる。
 夢のなかの星弥は、七月二十二日の夕刻、おばさんと私に病気を告白した。
 あのあと、すぐに受診をしたなら、きっと未来も変わっているはず。

 今、星弥がいないのは、あの日以降なにかがあったってことだ。
 今夜も夢を見ることができたなら、どんな手をつかってでも調べよう。

「私……やっと不思議な夢を見る理由がわかった気がします」
「理由、と言いますと?」

 夢のなかで星弥を救うことが、流星群の奇跡につながるんだ。
 タイムリミットの七月七日までに、きっと星弥を助けてみせる。

「また詳しく説明します。失礼します」

 今は時間がない。
 一礼し、棚の奥へ向かった。
 左右で流れて見える本棚を抜け、星弥の読んでいた本を手に取った。

『宇宙物理学における月と星について』
 これまでも何度も目にしていたはずなのに、初めてタイトルを知った。
 なかのイラストがファンシーなだけにあまりに固いタイトルに驚いてしまう。
 そのまま二階へあがり、星弥とよく座っていた席に腰をおろした。
 その間に館内のブラインドが開き、辺りは白い光に包まれていく。

「星弥、あなたを助けたい。私にも奇跡を起こしてください」

 小さくつぶやきページをめくった。

 章タイトルに『奇跡』という文字はなかった。
 星弥は間もなく起きる大流星群の話をしてくれていた。
 ページは、たしか本の真ん中くらいだったはず。
 記憶を頼りにページをめくると『流星群とは』という見出しが目に留まる。
 中央に太陽と地球のイラストがある。
 表紙と同じで絵本のようなタッチだ。
 淡い色の宇宙にクレヨンで書いたような太陽と地球が浮かんでいる。
 細かい文字で流星群について説明しているが、イラストとのギャップがやはり大きい。

 必死で文字を追うものの、それまでに説明されたと思われる『彗星』『放射点』『長周期彗星』といった言葉の意味がわからない。
 つまり、書いている事柄が理解できないのだ。

「……よし」

 自分に気合いを入れ、前回の続きから読むことにした。
 焦って先へ進めば、ぜんぶ台無しになってしまう気がしたから。
 ふいにスマホが震え、ラインの着信を知らせた。

 画面を開くと、母からのメッセージが届いている。
【学校から職場に連絡がありました。病院受診ということにしてるからね】
 すぐに画面を消し、ポケットにスマホをしまう。

 高校に行かなくなったことを、これまで叱られたことはない。
 毎朝、その日どうするかを尋ねられ、それに合わせてもらってばかり。
 夕飯の時は、テレビの話やパート先での話に終始し、学校の話はしない。
 父も同じだ。

 きっと、誰もが私に気を遣ってくれている。
 無理やり立ち直らせようとしない両親もまた、焦ることで台無しになることを怯えているのだろうか。
 これまで考えないようにしていたのに、両親の思いをひしひしと感じる。
 わかっている。
 私がしっかりしないと、周りに迷惑をかけてしまうって。
 でも今だけは、星弥のことだけを考えていたい。

 ノートを開き、前に読んだ箇所を確認していく。
 休憩を取ることもなく、読み進めていくと、徐々に宇宙について理解できるようになった。
 果てしなく広い宇宙。
 そのなかに浮かんでいる地球。
 解明されていない謎が多いから、人は宙にあこがれ続けるのだろう。

 星弥の好きな世界が少しだけわかった気がしてうれしい。
 『流星群とは』のページも、すんなり頭に入っていく。

『彗星が放つチリの粒がまとめて待機に飛び込んでくるんだ。チリが大気にぶつかると高温になって、光を放ちながら気化する。その光の束を流星群って呼ぶんだよ』

 耳元で星弥の声が聞こえるよ。
 こんな難しい文章を、私にわかるようにかみくだいて説明してくれたんだね。
 本の後半は、宇宙の仕組みや、世界の有名な天文台についての説明が続いた。
 最後のページをめくると、右側に引用先が羅列してあり、左のページには出版社名や発行日などが印刷されている。
 やはり『流星群の奇跡』について触れられた箇所はなかった。
 もう夕方だし、今日はここまでにしよう。
 本を閉じようとしてふと、『奇跡』という単語をどこかのページで見た気がした。
 引用先が記載してあるところに、その文字はない。さらにページを戻すと、そこには『筆者あとがき』というページがあった。

 あれ、こんなページさっきはあったっけ……?

 ほかのページより少し大きめ文字で書かれている文章を目で追った。



【筆者あとがき 作者:ツータス・パンシュ 翻訳:犬飼 純】

絵本作家として活動する前は、大学で宇宙物理学の講師をしていた。
どのテキストも専門用語の羅列、固い文章ばかりで響くものがなく、講義用に自分でまとめようと思ったことが本作のはじまりである。
少しでもわかりやすくしたつもりが、出版が決まってからは随分と修正を迫られた。
なかでも、『わかっている事実だけを記載する』という出版社の趣旨に外れ、本編に入れることができなかった『星の伝説』については未だに悔いが残る。
月や星、宇宙に関する伝説は昔から人を介し受け継がれていた、いわば歴史である。

忘れもしないあれは1966年、私が8歳の頃の話だ。天文学者である父は『流星群を見に行くぞ』とキャンピングカーに私を乗せ、遠くはアリゾナ州まで何日もかけて旅をした。スクールを休みたくなかった私は、帰りたくて何度も泣いて訴えた。そんな私に父は、人差し指を口に当てこう言った。
『流星群は、奇跡を運んでくるんだよ』と。
出版社の意向により以後の詳細は省くが、父の目指した場所で私は15万個もの流星群を見た。それは流星雨や流星嵐とも語り継がれるほどの数で、見られたのはアリゾナでもほんの一部の地域だったそうだ。

そして私は、あの日、たしかに奇跡を体験したのだ。

次回の大流星群は、この本が出版されてから二十年後の夏。日本のNAGANOという地域で見られるそうだ。
その頃、私はおじいちゃんになっているだろうが、もう一度あの奇跡を体験できるのなら、現地に赴きたいと思っている。
信じる人にだけしか、奇跡は訪れない。
私が体験した奇跡を、いつか誰かに聞いてもらえる日まで、私は果てしない空を見続けるだろう。

最後に、この本を手に取った皆さんに御礼申し上げたい。
少しでも皆さんが宇宙について詳しくなりますように。
そして流星群の奇跡があなたにも訪れますように。





「別れよう」

 星弥がそう言ったとき、私はまだ笑っていたと思う。

 それはロビーで会ったおばさんに、星弥が高校に合格したことを聞いたばかりだったから。
 はしゃぐ私におばさんは泣いていた。
 きっと、うれしくて泣いているんだと思い、急いで星弥のいる病室へ来た。
 よかった。『大事な話がある』なんてラインが来てたからドキドキしてしまった。

 星弥は入院着である薄いブルーの服で、前よりも少し元気そうに見えた。
 私は『おめでとう』をくり返し、個室じゃなかったら周りの人に怒られるだろうってくらいはしゃいだ。
 そんな私に、星弥は別れを切り出した。

 笑みを消す私に星弥はうつむいたまま「ごめん」と言ったっきり黙ってしまった。
 この場面を、前にも体験したことがある。

 ……そっか、これは夢だ。

 病院に呼ばれた私は、星弥から別れを告げたんだ。
 おばさんが泣いていたのは、彼の病気を知ってしまったから。
 きっと星弥が自分の口で伝えるために口留めしていたんだろうな。
 あの時は気づかなかったけれど、今ならわかる。
 そして私は、そのまま病室から飛び出し、ロビーで泣いているおばさんに星弥の病気のことを聞いた。

『治らないの』『発見が遅かったみたいで』『治療は気休めだって』

 いろんな言葉が頭でぐるぐる。
 それから私は三日間泣いて、次の日から毎日のように病院へ行った。
 親にも事情を話し、学校を休むようになった。
 『すい臓がん』という病気についても調べたりもした。

 別れを告げられても、顔を出す私に星弥はなにも言わず諦めたように受け入れてくれた……。

「ああ……」

 ため息は、別れを告げられたせいじゃない。
 この時点での入院は、現実と同じだから。
 流星群は奇跡を運んでくれるはずなのに、どうして?
 右手を開いたり閉じたりしてみる。
 大丈夫、ちゃんと動かせている。
 スマホを開くと、今日は十月二十五日と表示されている。
 日記アプリを開いても、前と同じことが記してあるだけ。

「星弥、あのね……」
「ごめん」
「違うの。七月に病気のことがわかったよね? あのあと、すぐに病院へ行かなかったの?」
 おばさんと一緒に主治医の説明を聞く予定だったはず。
 樹さんにも相談したはずなのに、どうして?

 星弥はしばらく黙っていたが、
「不思議だったんだ」
 と、つぶやくように言った。

「不思議?」
「月穂に病院を薦められて、ひとりで受診したら病気が発覚して……。あの夜、ふたりにも説明したはずなんだ。総合病院へも行かなくちゃならなかったし。でもさ、ふたりとも翌日にはすっかりそのことを忘れてたんだ」
「え……?」

 星弥は眉をひそめて「覚えてない?」と尋ねるけれど、どう答えていいのかわからずあいまいに首をかしげた。

「だからあれは俺が見た夢だったのかな、って。親も月穂も俺の病気のことは忘れているみたいだった。樹さんに相談したけれど、なかなか決心がつかなくって、病院から親にばらされて検査入院した、って感じ」

 そっか、とようやく理解する。
 夢の世界ではもうひとりの私やおばさんがいるんだ。
 星弥の告白を聞いた時に意識が入れ替わっていたせいで、病気のことを知らないままなんだ。
 はらはら、と希望がはがれ落ちていく。

 ――私のせいだ。

 あのあと翌日の夢を見ることができていれば、強引にでも入院させられたはず。
 もしくは、夢の終わりに日記アプリにでもちゃんと記しておけばよかったんだ。

 『星弥を病院へ連れて行ってください』と書けば、過去の私は従ったかもしれない。
 涙が勝手にこぼれていく。
 せっかくのチャンスをムダにしてしまった自分が許せない。

「困ったな。泣かれると別れにくいよ」

 こんな時なのに、星弥は冗談めかせて別れを口にしている。
 わかっている。
 彼は弱っていく自分を見せたくないんだって。
 記憶の底に封じ込めたはずの悲しい思い出があふれてくる。
 気をゆるめれば今すぐにでも病室から飛び出してしまいそう。
 それくらい、あの日の私は絶望に打ちひしがれていた。

 でも、もう私は逃げたくない。
 あきらめたくない。
「私、別れないから」

 涙を拭い、はっきりと伝えた。

「そんな簡単に星弥を好きになったわけじゃないから」
「気持ちはわかるよ。でも、俺は推薦で合格したけれど月穂はまだ受験生だし。それに、やっぱり俺たち、違う高校に行ったほうがいいと思うんだよ」
「私のことがきらいになったの?」
「きらいだよ」

 視点を掛け布団に合わせたまま星弥はウソを口にした。

「……本当に?」

 一瞬顔をあげた星弥が、気弱にまた目を伏せる。
 点滴台がぐにゃりとゆがむのを見て、夢が終わろうとしているのがわかる。
 でも、このまま終わらせたくない。
 きっとまだ手はあるはず。

「私は別れない。どんなことがあってもそばにいる」
「ストーカーじゃん、それ」
「そう思われてもかまわない。だって、この夢に意味はあるから」

 周りがどんどん暗くなっていく。

「夢?」

 きょとんとする星弥がやっと私に顔を向けてくれた。
 少しやせたけれど、ほかにはなにも変わっていないように見えた。
 なのに、病気は彼の体をむしばんでいる。
 前みたいに、ただ泣いているだけの私は、もう終わり。

「これは夢の世界なの。もう一度星弥を助けるために、流星群がくれた奇跡なんだよ。星弥を助けたい! そのためならなんだってやるんだから!」

 黒色に塗りつぶされていくなか、必死に叫んだ。
 あふれそうになる涙をぐっとこらえて。

 ああ、神様。
 もう一度七月に戻してください。
 今度こそ、星弥の病気を早く治せるようがんばるから。
 だから、もう一度七月に!

 ギュッと目を閉じて祈ると、周りの空気が変わるのがわかった。
 ざわめきが少しずつ近づいてくる。

 そっと目を開くと、病院の一階にある自動販売機の前に立っていた。
 取り出し口には星弥の好きなコーヒーがあった。

 まだ、夢のなかにいるんだよね?

 今は……何日なのだろう?
 星弥がはじめて病院に来た日に戻れたなら……。
 自動販売機の隣にある三人がけのソファに腰をおろす。
 缶コーヒーをギュッと握ると、あたたかさが肌に伝わってくる。
 首に巻いているマフラー。
 目の前を歩くお見舞いと思われる親子連れは、コートを手にしている。

 夏じゃない……。
 絶望感に襲われながらスマホを取り出すと、そこには十二月二十二日の文字があった。
 前の夢からまた三カ月も経っているの?

「どうして……?」

 七月に戻りたかったのに、どんどん夢のなかの時間が進行してしまっている。
 まるで説明書のないゲームをやっているみたい。
 もう一度、最初からやり直したいのにどうしてうまくいかないの?

「月穂ちゃん」

 いつの間にか、おばさんが目の前に立っていた。

「おはようございます」

 私の口が勝手に挨拶をした。今は、朝なのだろう。
 おばさんは「ごめんね」と謝ると私の横に座った。

「これから行ってくるから、星弥のことよろしくね」
「静岡県ですよね?」
「菊川市に有名な専門医がいるみたいで、話だけでも聞いてくれるそうだから……。流星……あ、星弥の兄もついてきてくれるんですって」

 見ると、遠くにぽつんと立っている男性がいる。
 流星さんとはお葬式で初めて会ったと思っていたけれど、思い返せばこんなことがあった。

「今、星弥は?」
「不機嫌な顔で病室にいるわよ。二度目の入院も長引いているし、仕方ないんだけどね……」

 疲れた横顔で私を見て、おばさんは首を横に振った。

「月穂ちゃんも受験で大変なのに、本当にごめんなさい」
「いいんです」

 あのときもこんな感じで答えたっけ。
 今思うと、少しそっけない気がしたので言葉を追加する。

「うちは両親ともに放任主義ですから。私、星弥が治るって信じて、これでも一生懸命勉強してるんです。こないだ、A判定もらったんですよ」

 明るく言うと、おばさんはうれしそうにほほ笑んだ。

「A判定なんてすごいじゃない。そうね、前向きに考えなくちゃね」
「はい。だから私は好きなようにお見舞いに来るつもりです」

 あのころは自分のことで精いっぱいで、おばさんを気遣う言葉をかけてあげられなかった。
 星弥に会いに来ても、まるで病気のことは話してはいけないルールがあるように、私は学校のことばかり話をしていたっけ……。
「月穂ちゃんのお母さんも同じことを言ってたのよ」
「え? どういうことですか?」
「実はね、昨日月穂ちゃんのお母さんにお会いしたのよ」

 急におばさんがそんなことを言うから驚いてしまう。
 こんな展開は、現実にはなかったことだ。
 ひょっとしておばさんが、また夢のなかに入ってきたの?

「二度目の入院は長引きそうなの。だから、月穂ちゃんの時間もたくさんもらうことになるでしょう? 先に謝っておこうと思って、月穂ちゃんが学校に行っている間にお伺いしたのよ」

 全然知らなかった。
 母はひと言もそんなこと言ってなかったのに。

「月穂ちゃんのお母さんね、こう言ったの。『月穂がしたいようにやらせたいんです。高校だってほかのところでも構わない。あの子があの子らしくいてくれれば、それだけでいいんです』って。……素敵なお母さんね」

 ジンと胸の奥が熱くなった。
 星弥の入院中も、亡くなったあと学校を休みがちになっても、お母さんはずっと見守ってくれていたんだ……。

 おばさんが何度も頭を下げて去っていたあと、ひとりエレベーターに乗り込んだ。
 ようやくこの頃のことが思い出せた。
 検査入院と初期治療を終えた星弥は、十一月半ばから自宅療養をしていた。
 今日から再び治療のため入院した。

 十階にある病棟へ足を踏み出すと、ナースコールの音や足音、食器を載せたワゴンの音が入り混じっていた。
 星弥の個室をノックをするが、返事がない。
 そっと開けると、星弥は眠っているようだった。
 ベッドの横の丸椅子に腰をおろし、穏やかな寝顔を見つめる。
 窓からの朝陽でキラキラと水のなかにいるみたい。
 この時期以降は苦しい記憶ばかりだったはず。なのに、こんなゆっくりとした時間も存在していたんだね。

 星弥、ねえ先に逝かないで。
 なんとか死を回避する方法を探すから、ずっとそばにいて。
 星弥がいない毎日は、星を失くした夜みたいで暗いの。
 うまく歩けずに迷ってばかり。

「星弥のことが好き」

 小声でつぶやく。
 ううん、これじゃあ伝えてないのと同じだ。
 一度も自分から言えなかった『好き』という言葉を、ちゃんと伝えなくちゃ。
 そっと指先で頬に触れると、彼の体温が感じられる。規則正しく上下する胸、呼吸、流れる雲、白い部屋。全部がリアルなのに、これは夢のなかの話。
 そういえばここに来ていたときは、ずっとムリしていたんだな。
 元気でいつもと変わらない私を演じることで、心配させないようにしていた。
 家でも学校でもそうだった。
 星弥が亡くなってからも、そのクセだけが残ったんだ。

「星弥」

 そっと声をかけると、まぶたがピクッと動いた。
 ゆっくり目が開き、私を確認してうれしそうにほほ笑んだ。

「月穂。来てたんだ?」
「うん」

 それから星弥は、窓からの光に目を細めた。

「寝ちゃったか……。薬のせいか、すぐ寝ちゃうんだよな」

 上半身を起こした星弥は、さっき見た夢よりずいぶんやせていた。
 毎日会っていた時はわからなかったけれど、病状の進行はこんなところにまで表れている。

「抗がん剤の治療、はじまるんだよね?」

 自分の気持ちがそのまま言葉に変換された。
 あの頃は一度もしなかった質問に、星弥は一瞬言葉に詰まった。

「……厳密に言うと二回目。今回のはかなりキツいらしい。それより、空翔は元気? あいつ、ぜんぜん見舞いにも来なくってさ」
「今、痛みはあるの?」
「痛み止め出てるから平気。てか、もうすぐ冬休みだな。受験のほう大丈夫?」
「気持ち悪さは? ご飯はちゃんと食べ――」
「やめろよ」

 怒鳴るでもなく、切り捨てるような口調だった。
 言ったあと、星弥はハッとしたように顔を背けた。

「そんな話……したくない。いつもみたいに普通の話、しようか」

 今になってやっとわかった。
 私だけじゃなく、星弥も逃げていたんだ。
 悲しみに支配されないよう、ふたりで楽しい話題ばかり選んでいたんだね。
 そっぽを向く星弥に「ねえ」と声をかけた。

「私、星弥が言ってくれたこと、本気で信じてるの」

 反応がないけれど、私は続けた。

「『流星群は、奇跡を運んでくれる』って言葉。星弥が教えてくれたんだよ」
「奇跡……か」

 窓の外を向いたままで星弥は少し笑う。