勤めていた呉服屋を辞めた。
着物は昔から好きだし、伝統的な技術を使った着物には憧れもある。着付けも、お母さんから習っただけだけどそれなりにできたから、呉服屋の店員は天職だと思っていた。
けれども、どうしても、どうしてもがまんならないことがあった。
それはなにかというと、勤めていた呉服屋のベテラン店員が、最近着物を着始めたのだろうなという若い人の着付けに、ネチネチと嫌味を言うのが耐えられなかったのだ。
私はその人に着付けを褒められてはいたけれども、こんな人に褒められてもなにもうれしくはない。
ここ近年、せいぜい戦後か高度成長期にできたばかりのマナーに振り回されて、自由に着物を楽しもうという人を批難する人と一緒に働くのが耐えられなくなった。
私だって好きなように着物を着たい。正直言って、着物に好きなようにレースやアクセサリーを合わせる着方には憧れすらある。あの職場では、その憧れを否定されていたのだ。
他の呉服屋なら、あんな人はいないかもしれない。そう思って再就職のために何件も呉服屋を当たった。もちろん、店員の募集にすぐに応募するのではなく、まずはお店を見て回った。あんな店員がいないかどうかを確認するために。
すると、やっぱりどこのお店にもいわゆる着物警察は存在した。呉服屋だと着付けのマナーにうるさい人がいるし、逆に、若い人向けの着物屋さんだときっちりした着付けをバカにするひとがいたりもした。
そんな風に、他の人の着方にケチを付けるような人がいるところで働いていたら、私は着物が嫌いになってしまうかもしれない。それはいやだった。
無理に着物に携わる仕事をして着物を嫌いになるくらいなら、いっそのこと他の仕事を探そうと思った。だって、私は着物を好きでいたいのだから。それなら、趣味で着るだけに留めておいたほうがいいと思ったのだ。
でも、他の仕事をするとして、どんな仕事に就けばいいのだろう。会社勤めでOLをやってもいい気はするし、なんなら他業種のショップ店員でもいい。
そこまで考えて、ふと思う。せっかくなら、着物を着てできる、何かを売るお店に勤めたい。でも、そんなお店はあるのだろうか。いささか都合のいい考えのような気もした。
溜息をついて、自分の部屋の中を見渡す。部屋のいたるところに、今までに趣味で買い集めた東洋骨董が置かれている。もっと言えば、部屋の中に置ききれない骨董品が、押し入れの中にも入っている。
それを見てふと思う。骨董店を開くのなんてどうだろう。
今はまだ手持ちが少ないけれども、呉服屋で営業成績の良かった私は、貯金も結構ある。この貯金を開業資金に充てれば、なんとかやれる気がした。
骨董店をやるのになにが必要だろう。
まずは店舗。ネットショップでもいいのだろうけれども、自宅の住所をネットに載せるのは不安なので、なるべく他の場所に実店舗が欲しい。
それと、調べた結果古物商の資格が必要らしい。資格といってもなにか試験があるわけではなく、役所に申請をするといった程度のことだけれども。
あとは店舗に置く什器なんかも必要だけれども、それは追々なんとかしよう。まずは店舗を押さえないと。そこまで考えた私は、すぐさまに行動に移した。
それから一ヶ月ほどして、思ったよりもすんなりと店舗を押さえることができた。
都心から離れた場所にある一軒家で、店舗スペースがふたつあるところだ。しかも、棚などの什器も備え付けのものがある。木製で古びた什器だけれども、それが逆に良い雰囲気だ。
店内の内装を整えるためにお店に行くと、お店の前には大きな車が停まっていた。なにかと思ったら、お隣の店舗の店主が、商品の運び込みに来ているようだった。
隣のお店から出て来た男性と目が合うと、彼はにこりと笑って私に言う。
「はじめまして。この店のものです。
素敵なお着物をお召しですね」
「あっ、はじめまして。
着物好きなんですよ。ありがとうございます」
それからすこしだけやりとりをして、私が店内の什器を動かしたいけれど難儀しそうだと言うと、お隣さんはにこりと笑って手伝ってくれると言う。
お隣さんは背の高い男性なので頼れそうだ。私はお礼を言って、お言葉に甘えることにした。
お隣さんと力を合わせて什器を動かして、背の低い私では手の届かないところの内装を整えて、一段落したところで私はお隣さんに改めてお礼を言う。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえ、これからお隣同士なんですし、お互い助け合えたらとは思いますよ。
よろしくお願いします」
逆に私に頭を下げてくるお隣さんに、私はなんとなく、これから上手くやっていけるような気がした。
すこし話をしていると、どうやらお隣さんも骨董店のようだった。
お隣さんは西洋骨董店らしく、試しにお隣さんを見せて貰うと、私のお店とは全然違う素敵な雰囲気だった。
私のお店もこれから素敵にしていこう。
ドキドキするリスタートだ。
着物は昔から好きだし、伝統的な技術を使った着物には憧れもある。着付けも、お母さんから習っただけだけどそれなりにできたから、呉服屋の店員は天職だと思っていた。
けれども、どうしても、どうしてもがまんならないことがあった。
それはなにかというと、勤めていた呉服屋のベテラン店員が、最近着物を着始めたのだろうなという若い人の着付けに、ネチネチと嫌味を言うのが耐えられなかったのだ。
私はその人に着付けを褒められてはいたけれども、こんな人に褒められてもなにもうれしくはない。
ここ近年、せいぜい戦後か高度成長期にできたばかりのマナーに振り回されて、自由に着物を楽しもうという人を批難する人と一緒に働くのが耐えられなくなった。
私だって好きなように着物を着たい。正直言って、着物に好きなようにレースやアクセサリーを合わせる着方には憧れすらある。あの職場では、その憧れを否定されていたのだ。
他の呉服屋なら、あんな人はいないかもしれない。そう思って再就職のために何件も呉服屋を当たった。もちろん、店員の募集にすぐに応募するのではなく、まずはお店を見て回った。あんな店員がいないかどうかを確認するために。
すると、やっぱりどこのお店にもいわゆる着物警察は存在した。呉服屋だと着付けのマナーにうるさい人がいるし、逆に、若い人向けの着物屋さんだときっちりした着付けをバカにするひとがいたりもした。
そんな風に、他の人の着方にケチを付けるような人がいるところで働いていたら、私は着物が嫌いになってしまうかもしれない。それはいやだった。
無理に着物に携わる仕事をして着物を嫌いになるくらいなら、いっそのこと他の仕事を探そうと思った。だって、私は着物を好きでいたいのだから。それなら、趣味で着るだけに留めておいたほうがいいと思ったのだ。
でも、他の仕事をするとして、どんな仕事に就けばいいのだろう。会社勤めでOLをやってもいい気はするし、なんなら他業種のショップ店員でもいい。
そこまで考えて、ふと思う。せっかくなら、着物を着てできる、何かを売るお店に勤めたい。でも、そんなお店はあるのだろうか。いささか都合のいい考えのような気もした。
溜息をついて、自分の部屋の中を見渡す。部屋のいたるところに、今までに趣味で買い集めた東洋骨董が置かれている。もっと言えば、部屋の中に置ききれない骨董品が、押し入れの中にも入っている。
それを見てふと思う。骨董店を開くのなんてどうだろう。
今はまだ手持ちが少ないけれども、呉服屋で営業成績の良かった私は、貯金も結構ある。この貯金を開業資金に充てれば、なんとかやれる気がした。
骨董店をやるのになにが必要だろう。
まずは店舗。ネットショップでもいいのだろうけれども、自宅の住所をネットに載せるのは不安なので、なるべく他の場所に実店舗が欲しい。
それと、調べた結果古物商の資格が必要らしい。資格といってもなにか試験があるわけではなく、役所に申請をするといった程度のことだけれども。
あとは店舗に置く什器なんかも必要だけれども、それは追々なんとかしよう。まずは店舗を押さえないと。そこまで考えた私は、すぐさまに行動に移した。
それから一ヶ月ほどして、思ったよりもすんなりと店舗を押さえることができた。
都心から離れた場所にある一軒家で、店舗スペースがふたつあるところだ。しかも、棚などの什器も備え付けのものがある。木製で古びた什器だけれども、それが逆に良い雰囲気だ。
店内の内装を整えるためにお店に行くと、お店の前には大きな車が停まっていた。なにかと思ったら、お隣の店舗の店主が、商品の運び込みに来ているようだった。
隣のお店から出て来た男性と目が合うと、彼はにこりと笑って私に言う。
「はじめまして。この店のものです。
素敵なお着物をお召しですね」
「あっ、はじめまして。
着物好きなんですよ。ありがとうございます」
それからすこしだけやりとりをして、私が店内の什器を動かしたいけれど難儀しそうだと言うと、お隣さんはにこりと笑って手伝ってくれると言う。
お隣さんは背の高い男性なので頼れそうだ。私はお礼を言って、お言葉に甘えることにした。
お隣さんと力を合わせて什器を動かして、背の低い私では手の届かないところの内装を整えて、一段落したところで私はお隣さんに改めてお礼を言う。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえ、これからお隣同士なんですし、お互い助け合えたらとは思いますよ。
よろしくお願いします」
逆に私に頭を下げてくるお隣さんに、私はなんとなく、これから上手くやっていけるような気がした。
すこし話をしていると、どうやらお隣さんも骨董店のようだった。
お隣さんは西洋骨董店らしく、試しにお隣さんを見せて貰うと、私のお店とは全然違う素敵な雰囲気だった。
私のお店もこれから素敵にしていこう。
ドキドキするリスタートだ。