「……ああ、ごめんなさいね。そんなに怯えなくたっていいじゃない、って思っちゃって」
「あ、す、すみません……」
「……謝るのはどちらかというと、こっちね」
可憐さんは、瞳子さんに向き直る。
「そうね。……瞳子。悪かったわ。認識を歪ませる薬も万能ではない。時間がなくて説明できなかったとはいえ、不測の事態が起これば貴女も焦るわよね」
「……いえ。私も、犯人の思考を読み取るのに精いっぱいで、可憐さんの思考を読み取り理解する努力を怠っていましたので」
「そこまでしなくたって、いいんじゃないの? 詳しい説明を省いたのは私だし」
「いえいえ。テレパシストとして、私は常に他者の思考を読み取っておくべきでした。私、めんどくさがりなんですよね……よく組織からも怒られるんですよ」
「わかる、瞳子ってそんな感じするわよね」
「ええー、そうですかあ?」
「……それと、まふゆも」
「はひっ」
急に名前を呼ばれて、変な声が出てしまった。
「ありがとうね。私たちを落ち着かせようと、声をかけてくれたのでしょう」
「え、そ、そんな――」
大丈夫です、なんか、すみません。
「可憐さん、笑うと笑顔がとっても可愛い……」
「あらあら、ふふふ。まふゆさん、声に出す言葉と心の声が動転して反対になっちゃってますよ?」
「えっ、あっ、ほんとだ――」
恥ずかしい。
でも、見ると可憐さんも恥ずかしそうな顔をしていた。
「……ちょっと、やだ、それって本音ってこと?」
「まあ、そうなりますね。私、テレパシストですので。可憐さんの笑顔は可愛いと、私も思いますよ? なんか、意外とあどけなくて?」
瞳子さんはニヤニヤしている。
「もう、貴女まで……いやだ」
可憐さん。初対面の黒ずくめで険しい印象とは違って、可愛いひとなのかもしれない。
そして、瞳子さんも瞳子さんで……眼鏡の似合う切れ者美人でもあるのだけれど、性格や話しぶりは和ませてくれるほど可愛かったりもして、素敵だ。
おふたりとも、いい意味でギャップがあって……素敵だなあ。
「ふふふ、心を読みました。喜んでくださったみたいで――そして、私に親し気な感情を覚えてくれたみたいで、よかったです。まふゆさんも……瞳子さんも可愛い、なんて思ってくれて、ありがとうございます。ふふ。まふゆさんこそ、可愛いと思いますよ」
「ひっ、あっ、そんな」
「……うん。まふゆは、可愛い。なんか憎めないっていうのかしらね……」
「……そ、そんなこと、ないです」
私は慌てて両手を振った。嬉しいというより、動揺している。
可愛いなんて、言われたこともなかったから……。
「――と。お互いを褒め合う合戦は、爆発を無事に阻止できてから開くことにしましょう――とりあえず爆弾を取りに行かねばなりません。可憐さん、私のサイリウムで飛んでくださいますか?」
「簡単に言ってくれるじゃない。サイリウムに乗って飛ぶなんて聞いたことがないわ、難易度が桁違いよ。でも、ええ、やってみるわ――人生それなりに生きてきたけれど、サイリウムに乗るなんて初めてだわ。ホウキがなかったとしたら、せいぜいが、モップだったからね……!」
もちろん、爆弾を阻止するのはまだまだこれからだけれども。
私は、とりあえずほっとした……可憐さんと瞳子さんが、言い合いを続けなくて、よかった。
可憐さんは、瞳子さんの巨大サイリウムを握って見つめる。
「この子が――瞳子から貸してもらったサイリウムが私の魔力に呼応してくれるか、試してみるわ。なるべく早く飛べるようにするけれど、ちょっとだけ時間を頂戴」
「私が自分で無茶振りしておいて何ですが。やっぱり難しいんですね、サイリウムで飛ぶのって」
「ホウキというのは私たちと精霊的な対話ができやすいようにできているの――わかりやすく言えば、つまり、魔力を込めやすいのよ。モップはギリギリね。形がホウキに似ているからまだ、魔力を込められないこともない。でも……サイリウムはね……。でも、アツシくんのためだから」
「そうです、アツシくんのためです。頑張ってください、可憐さん!」
「頑張ってください……!」
「ええ、言われなくとも。――少し集中するわね」
可憐さんは、巨大なサイリウムを杖のように両手で立てて、目を閉じるとなにかぶつぶつ聞き慣れない響きの、呪文のようなものを唱え始めた。
ステージでは、バラードが佳境を迎えている。
ゆったりとしたテンポの情緒的な響きに合わせて、シャイニングのメンバーひとりひとりが感謝の言葉を述べる……。
「みんなの気持ちが、俺のもとに届いてるよ、ありがとう、ありがとう」
アツシくんの言葉が、耳もとに届く。大好きな大好きな推しの、感極まった、尊い声。
……もうすぐ、バラードは終わるはずだ。
「……でも、あの、爆弾ってステージの真上にあるんですよね。ライブ中に可憐さんが飛んでいったら、怪しまれるでしょうし、可憐さんの正体もバレちゃう――」
「ええ、それなんですが。どうも可憐さんは認識を歪ませる薬も使えるみたいですし、もし時間があれば、薬を大急ぎで調合していただいて空からライブ会場に振りかけてもらったかもしれないです。一万人の認識を歪ませることなど、可憐さんほどの魔女であればちょちょいのちょいだと思うので。でも、いまは時間がないですし、そもそももっと良い方法があるじゃないですか」
「もっと良い方法、ですか……?」
「まふゆさん。雪女の、あなたの出番ですよ」
瞳子さんは、にっこり笑った。
「私の組織での経験上、爆弾は冷気で凍ってしまうものです。可憐さんが爆弾を持ってきてくれますから、爆弾を、ちゃちゃっと凍らせちゃってください――あなたの持つ、世界のバランスを崩すほどの、魔女にも組織にも理解の及ばない雪女の氷の能力で」
「あ、す、すみません……」
「……謝るのはどちらかというと、こっちね」
可憐さんは、瞳子さんに向き直る。
「そうね。……瞳子。悪かったわ。認識を歪ませる薬も万能ではない。時間がなくて説明できなかったとはいえ、不測の事態が起これば貴女も焦るわよね」
「……いえ。私も、犯人の思考を読み取るのに精いっぱいで、可憐さんの思考を読み取り理解する努力を怠っていましたので」
「そこまでしなくたって、いいんじゃないの? 詳しい説明を省いたのは私だし」
「いえいえ。テレパシストとして、私は常に他者の思考を読み取っておくべきでした。私、めんどくさがりなんですよね……よく組織からも怒られるんですよ」
「わかる、瞳子ってそんな感じするわよね」
「ええー、そうですかあ?」
「……それと、まふゆも」
「はひっ」
急に名前を呼ばれて、変な声が出てしまった。
「ありがとうね。私たちを落ち着かせようと、声をかけてくれたのでしょう」
「え、そ、そんな――」
大丈夫です、なんか、すみません。
「可憐さん、笑うと笑顔がとっても可愛い……」
「あらあら、ふふふ。まふゆさん、声に出す言葉と心の声が動転して反対になっちゃってますよ?」
「えっ、あっ、ほんとだ――」
恥ずかしい。
でも、見ると可憐さんも恥ずかしそうな顔をしていた。
「……ちょっと、やだ、それって本音ってこと?」
「まあ、そうなりますね。私、テレパシストですので。可憐さんの笑顔は可愛いと、私も思いますよ? なんか、意外とあどけなくて?」
瞳子さんはニヤニヤしている。
「もう、貴女まで……いやだ」
可憐さん。初対面の黒ずくめで険しい印象とは違って、可愛いひとなのかもしれない。
そして、瞳子さんも瞳子さんで……眼鏡の似合う切れ者美人でもあるのだけれど、性格や話しぶりは和ませてくれるほど可愛かったりもして、素敵だ。
おふたりとも、いい意味でギャップがあって……素敵だなあ。
「ふふふ、心を読みました。喜んでくださったみたいで――そして、私に親し気な感情を覚えてくれたみたいで、よかったです。まふゆさんも……瞳子さんも可愛い、なんて思ってくれて、ありがとうございます。ふふ。まふゆさんこそ、可愛いと思いますよ」
「ひっ、あっ、そんな」
「……うん。まふゆは、可愛い。なんか憎めないっていうのかしらね……」
「……そ、そんなこと、ないです」
私は慌てて両手を振った。嬉しいというより、動揺している。
可愛いなんて、言われたこともなかったから……。
「――と。お互いを褒め合う合戦は、爆発を無事に阻止できてから開くことにしましょう――とりあえず爆弾を取りに行かねばなりません。可憐さん、私のサイリウムで飛んでくださいますか?」
「簡単に言ってくれるじゃない。サイリウムに乗って飛ぶなんて聞いたことがないわ、難易度が桁違いよ。でも、ええ、やってみるわ――人生それなりに生きてきたけれど、サイリウムに乗るなんて初めてだわ。ホウキがなかったとしたら、せいぜいが、モップだったからね……!」
もちろん、爆弾を阻止するのはまだまだこれからだけれども。
私は、とりあえずほっとした……可憐さんと瞳子さんが、言い合いを続けなくて、よかった。
可憐さんは、瞳子さんの巨大サイリウムを握って見つめる。
「この子が――瞳子から貸してもらったサイリウムが私の魔力に呼応してくれるか、試してみるわ。なるべく早く飛べるようにするけれど、ちょっとだけ時間を頂戴」
「私が自分で無茶振りしておいて何ですが。やっぱり難しいんですね、サイリウムで飛ぶのって」
「ホウキというのは私たちと精霊的な対話ができやすいようにできているの――わかりやすく言えば、つまり、魔力を込めやすいのよ。モップはギリギリね。形がホウキに似ているからまだ、魔力を込められないこともない。でも……サイリウムはね……。でも、アツシくんのためだから」
「そうです、アツシくんのためです。頑張ってください、可憐さん!」
「頑張ってください……!」
「ええ、言われなくとも。――少し集中するわね」
可憐さんは、巨大なサイリウムを杖のように両手で立てて、目を閉じるとなにかぶつぶつ聞き慣れない響きの、呪文のようなものを唱え始めた。
ステージでは、バラードが佳境を迎えている。
ゆったりとしたテンポの情緒的な響きに合わせて、シャイニングのメンバーひとりひとりが感謝の言葉を述べる……。
「みんなの気持ちが、俺のもとに届いてるよ、ありがとう、ありがとう」
アツシくんの言葉が、耳もとに届く。大好きな大好きな推しの、感極まった、尊い声。
……もうすぐ、バラードは終わるはずだ。
「……でも、あの、爆弾ってステージの真上にあるんですよね。ライブ中に可憐さんが飛んでいったら、怪しまれるでしょうし、可憐さんの正体もバレちゃう――」
「ええ、それなんですが。どうも可憐さんは認識を歪ませる薬も使えるみたいですし、もし時間があれば、薬を大急ぎで調合していただいて空からライブ会場に振りかけてもらったかもしれないです。一万人の認識を歪ませることなど、可憐さんほどの魔女であればちょちょいのちょいだと思うので。でも、いまは時間がないですし、そもそももっと良い方法があるじゃないですか」
「もっと良い方法、ですか……?」
「まふゆさん。雪女の、あなたの出番ですよ」
瞳子さんは、にっこり笑った。
「私の組織での経験上、爆弾は冷気で凍ってしまうものです。可憐さんが爆弾を持ってきてくれますから、爆弾を、ちゃちゃっと凍らせちゃってください――あなたの持つ、世界のバランスを崩すほどの、魔女にも組織にも理解の及ばない雪女の氷の能力で」