もしかして、ふたりで会うの?
 それって……
 そこまで考えて、頭をぶんぶんと振る。
 ヘッドホンの調子が悪いから一緒に見に行ってほしいって、業務上の誘いだし。
 でも、明日は終業式。一緒にランチくらいしたって罰は当たらないよね?
 カイくんはそんなこと、考えてないと思うけど……
 妄想と現実の差にヘコまざるを得ない。
 いや、贅沢な悩みじゃない?
 推しとお出掛けできるなんて、普通ないんだから。知り合いになれただけで恐れ多いことなのに、いつのまにか高望みしてしまってる自分がいる。
 初心忘るべからず!
 両頬を叩いてカツを入れる。
 
「私は大勢のうちのひとり私は大勢のうちのひとり……」
「なんの呪文だよ?」

 暗示を唱えているとドアの前に兄が立っていた。
 
「お……びっ、くりしたー! ノックしてよ」
「したし。嫌なら鍵掛けろって言ってんだろ」
「忘れちゃうんだもん」
「忘れるのかよ。まあ、勝手に開けて悪かったな」

 なんだかんだ、兄は私に甘いのだ。

「ってか、顔赤くない?」
「気合入れてたの」
「ああ、明日カイと会うんだって?」
「えっ、なんで知ってるの?」
「明日はおまえと出掛けるから練習はオフにしたいってメールがきたから」
「そ、そうなんだ」
 
 人づてに聞くと、なんだかくすぐったい気持ちになる。