「おい、聞いたか?」

 帝都、ロマンシア城の騎士団詰所では冷えた茹で芋を頬張りながら、兵士たちが噂話に明け暮れている。

「筋肉皇女殿が、なんでもギルド自治区に乗り込んだらしい」

「あんな下大陸のド田舎に?」

「騎士の真似事が好きな野生児姫にはお似合いなんだろうが」

「こないだの戦が終わってから、発散できなくてイライラしてるのかねぇ」

「第十五騎士団をつれて、わざわざ元大迷宮の跡地を巡回してたんだろう? ご苦労なことだな。やっとモンスターとの戦いが落ち着いたんだから、城で大人しくしていればいいのに」

「ドレス姿は本当にお美しい方だからなぁ」

「なんだよ、惚れてるのか?」

「皇女殿下が貴族や将校以外と結婚なんてありえんからなぁ?」

 女は男の背後を守れ、という価値観の強い帝国ではアデルの評判はよろしくない。

 特に、騎士のなかには皇女とはいえ、女性を名誉団長にするなど──という反発は根強いのだ。

「……もしかして、リカルトの件じゃないか」

 リカルト、という名前に騎士の何人かが険しい顔になる。

「あのヒラのくせにやたら目立ってた宮廷魔導師の?」

「おい、言葉を慎め!」

「え……? な、なんだよ、宮廷魔導師の肩を持つのか」

「あ、いや……すまん、リカルトさんは思ってるより悪い奴じゃないっていうか」

 騎士団の古株の中には、リィトがあの『英雄』であると気がついている者もいる。本人やアデルからキツく口止めされているけれど。

「しかし、そこまで惚れてるとはなぁ……」

「第六皇女殿下が駆け落ちするほうに駆ける人?」

「はーい!」

「やめろ、さすがに失礼だろ」

 危険なモンスターが際限なく地上に湧き出てくる日々から解放された騎士団は、ずいぶんと暇なもの。


 一方、皇帝の側近たち。

 枢密院と呼ばれる皇帝補佐機関の人間たちも、おおむね同意見だった。

「宮廷魔導師団の暴走でリィト・リカルトが去ってから、しばらくたちましたが──」

「とりたてて不穏な気配もございませんな」

「もとより、目立つことを嫌がる妙な男でありましたゆえ。欲のない、不気味な男よ──」

「うむ、たしかに金や名誉で動く人間は御しやすいが」

 枢密院の重鎮たちにとっては、リィトは危険な異分子だった。