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頭に何度もあの言葉が浮かぶ。

「俺、莉子ちゃんのことが気になってるから」
とはどういうことなんだろう。先輩の言葉が意味深だった。

そして本当に先輩は自分と一緒に帰るつもりなのだろうか。私は胸がモヤモヤしていた。


何故こんな展開になったのだろう。


結局あの後、先輩から携帯番号を聞かれ、それも断る理由もなく素直に教えた。


昼休憩を終わりそうなので、先輩と別れた私は足早に教室に戻った。教室にいるクラスメイトと目を合わせないように俯きながら自分の席に戻る。

さっき、先輩と出て行った騒ぎを思い返して、とても気まずい思いだった。
席に戻った私に、同じクラスメイトがさっそく話しかけてきた。


「ねえ、西野さん。聞きたいことあるんだけど」


そう声をかけてきた女子生徒は、桑田雅(くわたみやび)。彼女は大きな瞳が印象的で顔が整った綺麗な子。髪は肩のあたりで内巻きにカールしていて大人びた美人な顔をしている。彼女は真っ直ぐとした目で私を見て言った。


「廉くんと知り合いだったの?西野さんが」


少し口端を上げて微笑んでいるあたりが落ち着いてるようにも見えたが、口調は厳しかった。

なぜ西野さんみたいな人が人気者の先輩と一緒にいたのか?と2人の格差を比較されたような言い方にも聞こえた。


彼を『廉くん』と呼ぶあたりが仲の良さが伺える。桑田さんは清宮先輩と幼馴染の関係で小さい頃から知り合いだということはクラスの女子の会話から聞いたことがあった。時々2人が一緒に帰っている光景も何度か見たことがある。幼馴染を通り越して付き合っているのではないか、と噂をされていたが桑田さん本人は否定をしていた。だけどその顔もまんざらではなさそうだった。

でも2人が付き合っているといわれても何とも違和感はなかった。2人が並んだらまさに美男美女だった。


「いや、知り合いではないけど…」

「じゃあ知り合いじゃなかったら何で2人で話してたの?どこかに行ってたし、どーゆう関係?」

否定した言葉に重なって、桑田さんの追求が続いた。

さっきよりも声量は強くなっていた。

たしかに、自分たちはどんな関係なのだろう。
昨日の不審者の話から説明するのには抵抗があるし、伝えたとしても自分と清宮先輩の関係は突然に始まったばかりで自分にとってもついていけない展開ではあった。



そして正直、私にとって桑田さんは苦手な部類の人であった。第一印象は入学して間もない頃、彼女に話しかけられことがあった。


「どこの中学から来たの?一緒にお弁当食べる?」と、一人きりで席に座っているとそう声をかけられたが、人見知りで緊張していた私は上手く答えることが出来なかった。

その時に仲間内に「喋りにくいわ、あの子」と小声で漏らしていたのが聞こえた。

せっかく誘ってくれたのに上手く対応できなかった自分が悔しかった。
私とは違ってクラスでも目立って可愛く、そしていつも人に囲まれている彼女に対して自分とは程遠い存在だった。


「廉くんとどんなこと話したか分からないけど、廉くんはすごい人気だから。あんまり関わらない方がいいよ。周りもどんなふうに思うか分からないし」


その遠回しな一言で、桑田さんは私のことを良く思ってないということが聞き取れた。

きっと、桑田さんと先輩が付き合っているのかただの幼馴染の関係なのか分からないが、先輩のことを好意的に思っているのは読み取れた。だから、こんなふうに高圧的な態度を取られているのだろう。



「それに廉くんも優しいから断れない人だし、西野さんもあんまり誘ったりしないほうがいいよ」

桑田さんの中では私から誘ったことになっていた。少し勘違いをされていて間違いを訂正をしようと言葉を考えている間に、彼女ははその場を離れた為、何も否定することができなかった。

やはりこうなるだろうとは思ってたけど、やはりこうなった。

学校で人気がある先輩と関わると、更に自分の居心地が悪くなることは想像できていた。


先輩に急に呼び出されたり一緒に帰ろうと誘われたり…自分だって何故こんな展開になったのか分からない。

そして自分のことは1番に自分が分かっている。

自分みたいな目立たないような人間が、清宮先輩のような目立つ人に関わったらいけない。

普段の何もない日常が壊れるかもしれない。

私が作り上げた、一人きりの世界が崩れてしまう。


改めて思う。なぜこんなことになったのか。
突然の桑田さんとの接触にショックを受けた私は、その日の放課後まで気持ちが落ち着かなかった。



放課後になり、誰よりも早く帰る準備をすると私は教室から飛び出した。清宮先輩がまた教室に来るような気がして、なるべく足早に人目を気にしながら玄関へと向かった。

「一緒に帰ろう」という先輩の誘いを無視することにした。少し罪悪感を感じながらも逃げるように移動する。


結局学校の門を出るまで、先輩と出会すことはなかった。