自分たちが一緒に歩いているのを誰にも見られないように彼より一歩先に前進して歩いた。

なるべく誰もいない場所を探して辿り着いたのは、校舎の裏影に隠れている駐輪場だった。



昼休憩の間に下校する生徒はいないだろうからとこの場所を選んだが、人気がなさすぎて2人きりの空間は逆に空気が重苦しかった。


何を話せばいいのだろう。まず昨日のお礼をこちらから言わないといけない。そもそも、何故この人は私を呼び出したのだろう。いろいろ考えているうちに、先輩から喋り始めた。


「昨日は大丈夫だった?たぶん、昨日の不審な男、最近学校に情報が回ってきた通り魔事件の犯人の特徴と一緒だった?」

先輩は優しく問いかけてきた。



「いや…私も昨日、ホームルームで先生から不審者情報を聞いたんですけど」


「たしか、通り魔は全身黒で統一された服装で、年齢は50代くらいって言ってよね。でも思ったけど、昨日追いかけようとしたとき、若いやつかな?って思った。だいぶ走るのが速かったから。それに体格は大柄って聞いてたけど、昨日の男は若干細身の身体だったような…」


先輩は眉を寄せて考えながら言った。
帽子で隠れて顔はハッキリ見えなかったが、確かに俊敏な動きでその場から逃げ去った不審な男はもう少し若そうなイメージがあった。


「あの、昨日は助けてもらってありがとうございました。清宮先輩はなぜあの場にいたんですか」

改めてお礼を伝えて質問する。先輩は目を丸くした。

「なんで、俺の名前知ってるの?あ、改めて清宮廉です」

まずお互いの自己紹介からだった。

「とにかく有名です。名前は前から知ってました」
「なんで有名?なんか俺有名なことしたかな?」


やはり自分の魅力に気づいてない人なのか、と勝手に解釈する。何故有名なのかはここでは長く説明しなかった。


「改めて、私、西野と言います。一年です」
「西野莉子ちゃんだよね。知ってる」



変な展開だ、と思った。疑問が浮かんで次に 話が進めない。お互いが初対面なのにお互いの名前を知っていた。

清宮先輩は有名だから名前を知っていたけど、なぜ私の名前を彼は知っているのか。

怪しんでいる表情が素直に出たのか、清宮先輩は慌てて付け足すように言った。



「ごめんごめん。そんなに怖い顔しないで。怪しいよね、俺。さっき、莉子ちゃんのクラスの子に名前を聞いたんだ」
と、言われ、さっきの質問の問いに続けて答えた。
 


「俺も旭町に住んでるんだよ。昨日俺と莉子ちゃんが会ったところから進んだ先に図書館あるでしょ?家がそこの近くなんだ。よくそこの図書館で勉強してたんだ」



私の住んでいる家から10分ほど歩いた先、住宅街から抜けたところに街が広がっていてそこには古くから続いている図書館がある。


そこの図書館は建物も敷地もそこまで大きくないが館内は綺麗に整備されている。


近郊の小学校の区域内の図書館でもあるため学生も多く通っている所だ。先輩は今年受験生で勉強真っ最中のはずだ。だからその日も受験勉強でそこの図書館に通う予定だったらしい。その行く途中で私を見たという。



「俺も先生から聞いていた不審者の情報が頭に残ってた。だけど、あの男と莉子ちゃんが2人並んでいても違和感はなかった。知り合い同士にも見えたから。もし莉子ちゃんが大声で助けを求めてなかったら、俺は気づかないままだったと思う」

「そうですか…声を出してよかった。怖くて声が出ないかと思ってたけど、意外と大声が出ました」

「その声が聞こえたから駆けつけた。先生には昨日のこと伝えた?」

「一応、伝えました。だけど、やっぱり先生と話してて思ったのは学校に回ってきた不審者情報と昨日見た男の風貌が一致しなかったんです。昨日の男は先輩の言う通り少し…若そうでした。体格も聞いていた情報とは違った気がします。」

「俺も、そう思う。だけど、通り魔事件も旭町で起こって、昨日の男も莉子ちゃんの家の近くにいた事実は確かだ。だからどちらにしても気をつけないといけないよね」


先輩の言葉に黙って頷いた。
そして、申し訳なく思いながら上を見上げる。
出会ったばかりで話したこともない人が不審者に出くわしたところを偶然見かけてしまった上、ここまで気を使わなければならないなんて。


そして次の彼の言葉に、私の気が動転することになる。


「ところでさ、提案なんだけど。俺、今日から莉子ちゃんと一緒に帰るから」


いきなりの発言に、目をまん丸の形にした。
提案、と挙げている割には、語尾が強制的にも聞こえる。


「いや、俺もそっち方面に帰るし、図書館で勉強するしさ。あ、そういえば莉子ちゃんは何か部活入ってる?いつも帰りは何時ごろ?」

「えっと、部活はしてないです。いつも早く帰ってます」

「ちょうどいい。俺もすぐ学校終わったら図書館に直行してる。一緒に帰ろう」


質問されたことには答えるが、こちらが質問する余裕がない。ついていけない状況を整理して、心を落ち着かせようと一息ついた。


「あの、なんで一緒に帰るんですか?私が…先輩と?」

「だって、怖いでしょ。昨日のことがまた同じようにあったらどうするの?」


怖いのは怖い。だけどなぜ、先輩がそこまで自分に気を遣ってくるのか分からない。


「また昨日の男が莉子ちゃんを狙って待ち伏せしてるかもしれない。昨日のあの状況を見てしまった以上、俺も莉子ちゃんを一人で帰らせるわけにはいかないよ」

「でも迷惑かけますし…」


頭の中で思考を回転させながら、遠回しに断る理由を考えていた。断る理由は決まっていた。


不釣り合いな私と先輩が関わることは平凡な日常を大きく覆しそうな気がしたからだ。だけど先輩はその不安を乗り越えるぐらいの堂々とした言葉を発してきた。


「まぁ、これは後からつけた口実かもしれないかな。俺が莉子ちゃんと一緒に帰りたいから」


先輩の言葉に、私は何も言えなくなった。
何を言われたのかも、頭の中から飛んでいった。先輩は、何の恥ずかしさもなさそうに言った。


「俺、莉子ちゃんのことが気になってるから」