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次の日、いつものように登校して玄関に向かった時のことだった。

私は感じた。

そこには、違和感があった。


朝、登校して玄関に向かって手に取ろうとしたものがない。上履きだ。置いてあるはずの上履きがそこにないから違和感を感じたのだ。

何も置かれていない自分の靴箱を見て呆然と立っていた。
あるはずの物がない事実に、誰かに隠されたのだとすぐ判断した。


その代わりにまた違和感のあるものが入っていた。紙だ。前にも一度見たことある紙。


その紙の中身を見るのが怖かった。

何かが書かれている。前のように。今度は何を書かれているのか恐怖だった。


紙に書かれていた文字を見ようとした。その手は震えていた。その場には偶然、周りには人がいなかった。私だけが1人、そこに立っていた。



〈許さない〉




まただ。

前回のメッセージは《お前のことを許さない》

2回目の悪戯なメッセージ。悪戯、という言葉が合ってない気がした。


悪戯を通り越して恨み。だけど一回目よりは目眩がするような衝撃はない。

変な免疫がついたのかもしれない。

許さない、と同じようなことを2回言うほど、自分は恨まれているのだ、と私は他人事のように思った。

そして無くなった上履きも仕方ない。

どこに行ったか行方のないものを探しても時間がかかるだけだと諦めて学校の来客用スリッパを借りた。

冷静だった。
昔に一度、同じことをされた経験があったからかもしれない。

中学生の時、父が死んでトラウマを持つようになり、私は友達付き合いが悪くなったことで仲良かった友達から軽いイジメを受けたことがあった。


「莉子ちゃんって付き合い悪くなって遊ばなくなったよね」の陰口から、軽い悪戯。無視をされたり、靴がなくなったり。

その嫌がらせはすぐ終わり、いつのまにか自分のことに興味を持つ人は誰もいなくなった。短い間のことだったけど今でも覚えている。

そんなことがあったから、自分から人の繋がりを作ろうとすることがなくなったのかもしれない。1人は楽だ。傷つけられることも、誰かを傷つけたくなる事もなく、平和だ。

だからこんなふうに嫌がらせをされる事は久々で、改めて人と関わることが面倒だと思う。


だけど今回はまた違う。理由が分からないからだ。なぜ、こんなことをされているのか理由が分からない。それが気持ち悪く感じる。

清宮先輩と関わっているからか。

やはり、…桑田さんの仕業なのか。人を疑うことはしたくないがそれしかなかった。それ以外に何かあるとしたら…。何があるのだろう。恨まれるようなことをした記憶はない。


上履きではなく来客用のスリッパを履いて教室に入る私をクラスメイトは誰も気にすることなく、友達と話したり自分の時間を過ごしていた。


だけど席に座ったとき視線を感じて見上げた先には、桑田さんがいる。
目が合う。

視線を先に外したのは彼女が先だった。彼女は楽しそうに近くにいる友人と話を続けた。


何気なく机の中に手を入れる。
何冊か教科書を机の中に置いたままだった。
1番上の教科書を取り出す。机に隠して自分だけがその教科書を見た。

教科書は何度もカッターか何か鋭い刃で切り刻まれた傷があり、中身もとても読めれる程の状態ではなかった。


「ひっ」と、誰にも聞こえないくらいの声量で声を上げた。
勢いよく机の中に教科書を隠した。


上履きがなくなるようなレベルではなかった。

恐怖を感じるほどの傷だった。

そして戸惑いを隠せない自分を、今楽しそうに見ている犯人がいるかもしれない。近くに、この教室に、この学校のどこかに。机の中で握られた教科書が震える。


教室にいるすべての生徒がこっちを見て笑われているような感覚になった。

誰かが私のことを見ているような気がした。この教室にいたくない。

逃げ出したくなった。

ダレカガワタシヲウランデル。

ホームルームが始まる手前で、私は教室から飛び出した。チャイムが鳴る前で生徒がそれぞれの教室に入ろうとする中、私だけが廊下を小走りで移動していた。

心落ち着くまでどこかにいよう。
怖くて、教室には入れない。廊下を抜け出すと階段を降りて外へと繋がる渡り廊下まで来た。

外の空気が吸いたかった。


だけど、そこまで来て後悔した。

渡り廊下へと繋がる先は3年生の教室がある校舎に繋がる。

近くに人影を感じてはっと気づいた。三年生の人たちがいる。偶然、先輩に会ってしまったらどうしよう。今、会ってしまいたくない。きっと弱音を吐いてしまう。


引き返そうとしたが、タイミングが重なった。
そこには中庭で友人たちと談話している先輩がいた。


周りには全員3年生だろうか。楽しそうに話している先輩を見て、孤独を感じた。

近くにいるのに、まるで別の世界にいる人だった。


彼の立場から見て、私はどう映るのだろう。


夜が歩けないトラウマを抱えて、誰かも分からない人に恨まれ、嫌がらせを受ける自分の世界。

先輩にとって、それがどんな苦しみなのか、想像できるのだろうか。

周りにたくさんの友人に囲まれている彼を見て思った。


人の痛みはきっと分からない。自分しか分からない。だって、他人の痛みだから。



ーー「怖がらなくていいよ。ゆっくりでいい。夜道が歩けるようになるまで、俺も近くにいるから」

先輩の言葉は思い出して、目の前で明るく輝いている彼を見て、我慢していた涙が溢れた。


先輩の言葉は、暖かくて、だけど残酷だ。
それはまるでセリフのような優しい言葉。


だけどそれは共感さえ出来ていない。
この痛みに共存することは他人には決して出来ない。

先輩がいる光景。

自分とは真反対の世界に背を向けて、私は泣きながらその場を去った。


もう今日は帰ろう。授業も出たくない。

先輩とは帰れない。

きっと迷惑がかかるだけだから。


ただ涙が溢れて止まらなかった。


チャイムが鳴ったのが聞こえて、ホームルームが始まる。誰もいないところで嗚咽を漏らしながら泣いた。