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そんなふうに帰り道に一緒に帰るだけの関係だったが、突然の変わったお誘いがあった。

「突然だけど、昼から空いてない?」


今日は中間試験の最終日で昼からの授業がない日だった。昼の予定は特に何もなくこのまま帰るだけだと思っていたが、いつものように教室まで迎えに来てくれた先輩に誘われた。


3時間目で試験が終了して昼休憩の前に学校が終わったからお腹がちょうど空く頃だった。


とりあえずどこかお昼は食べに行こうと言われ、ランチに行くことになった。学校帰りにこうして遊びに行くのはこれが初めてだった。



「どこに行くんですか?」
「内緒。一緒に付き合ってほしいところがあるんだ」


二人で電車に乗り、普段は乗ることのない路線を走って二つ目の駅を降りた。駅を降りて広がる景色には、ショッピングセンターの建物が並んである。平日の昼間なのに、人で溢れかえっていた。以前から身知れた街なのか、先輩は道先をよく知っていた。


先輩に連れられ行き着いた先はお洒落なカフェだった。外装も煉瓦造りで雰囲気の良さそうところ。外に置いてある看板メニューを一瞥すると、パンケーキやパフェなど甘党である莉子好みのメニューが揃ってある。それを見てテンションが上がった。

その店に入って二人でメニューを見る。

窓際の席で先輩と向かい合って座る。

何故、今こうしてこの人とランチに来てるんだろうと考えると今更照れてきてお腹が更に空いてきた。先輩が連れてきたいという所は此処だったのか、と頭を傾げる。


「意外、結構食べるんだね、莉子ちゃん」

すべて無添加で手作りが売りだというハンバーガーセットを頼み、手軽なサンドウィッチを頼む先輩が悪気なく笑う。

この後におやつとして甘いものを食べようとしていた私は顔を真っ赤にして体を小さくした。美味しそうなものばかりで食べたいものを優先して、目の前にいる先輩の前で食べるということを後回しにしてしまった。

「先輩より食べてるなんて本気で恥ずかしいです」

本気で恥ずかしそうにする私に対して、彼は軽快に笑った。

「嘘。嘘。食べなよ。ここ、本当に美味しいから。いっぱい食べて。俺もこの後デザート食べるし」

先輩の言う通り、この店のメニューはどれも美味しかった。飲む水までもオシャレな瓶にレモンが入っていて隅々まで凝っている。カウンター席に置かれた小物も一つ一つがアンティークだ。1人でも来やすいような静かな雰囲気だ。


「ここ、俺が小さいころからある店なんだ」

彼は見渡して言う。

「小さい頃、親戚の叔父さんがこの近くの事務所で働いてたから、この店に連れてもらってた。その叔父さんが親代わりに面倒見ててくれてたんだけど。いつも叔父さんが仕事終わるまでこの店で待ってたりしてたな。ここから見える窓際の外の景色が好きだったし、コーヒー豆を挽いた 匂いも心地よかった。1人でも寂しくなかった」


親代わりに見てくれてた叔父さん。


「先輩のご両親は」
「小さい頃、2人とも亡くなったよ。事故だったんだ」

先輩はあまりにも淡々と言った。私は食べかけていたハンバーガーを大きく開いた口の前で止めた。そのままの表情で、先輩を見る。


「あ、ごめんごめん。暗くならないで。こーゆー落ち込む話をしようと思ったわけじゃないから」


そう言われても両手に持っていたハンバーガーは一旦、お皿の上に置いた。何気なく聞いたことが失敗した。とんでもないことを聞いてしまった。

「ごめんなさい、知らなくて」
「いや、良いんだよ。もう何年も前だから」


そして変に気を遣わせてしまった。穏やかな性格に育てられた先輩はどのような家庭で育てられたのだろうかと思っていたけど、そんな過去を持っていたなんて驚いた。


「俺を育ててくれた叔父さん、今少し有名な絵本作家をしてるんだ。清宮正(きよみやただし)って名前で。そこにも置いてある絵本なんだけど」


重い空気を変えるほど、先輩の声は明るい。

先輩が指差した方を見ると、カフェの隅の方に本棚があり、自由に手に取って読めるように本が並んでいた。その中に絵本もある。


「すごい。絵本作家さんなんですね。すみません、私あんまり本を読まない方で本屋にも寄らないのであまり知らなくて」

「そういうもんだよ。ジャンルも絵本だからね、見る機会はあまりない。だけど俺は昔からこのカフェに来てたからずっと絵本を読んだらして過ごして伯父さんが迎えに来るのを待ってたんだ」


そう言って先輩はあとから店の人が運んできたホットコーヒーを飲んだ。

私も一口、飲む。砂糖もミルクも入れるタイミングを逃し、そのまま飲んだらやっぱり苦かった。

「実はさ、莉子ちゃん誘ったのはこれからその叔父さんの絵本の展示会が近くであるんだ。それに行きたいと思って。チケットを貰ったんだけど、なんか1人では行きづらくってさ。受験のストレス発散に行きたくて。ごめん、一緒に着いてきてくれる?」

「行きたいです。嬉しい」


私が嬉しそうにすると、先輩はよかったと、微笑んだ。先輩が連れて行きたいと言った目的の場所は絵本の展示会だった。

普段は行かないよう場所で新鮮な気持ちで向かった。