放課後、桑田さんと階段の踊り場で話をした。
同じクラスの生徒に見られたりしたが放課後のざわめきで2人の会話は誰にも聞こえない。

桑田さんは壁にもたれかかり、片足を浮かせてだるそうに立っている。私は桑田さんから少し離れて向かい合っていた。

彼女は大きくため息をつき、本題に入った。


「廉くんとまた帰ったの?」


予感はしていたが、やはり先輩との事だった。

避けられない話題に、私は口を噤むことしか出来なかった。

2人が帰る姿を、桑田さんか、桑田さんの友人に見られていたのかもしれない。


「廉くんとどーゆう関係?ただそれを聞かせて欲しいだけなの」


どんな関係か答えられない私は口を開いたり閉じたりを繰り返して、当たり障りもない言葉で言った。


「私もなんて言えばいいか分からない。ただ最近知り合ったばかりで」

「何それ?じゃあ何で知り合ったの?」


桑田さんは間髪入れずに私の声に重ねて言った。

知り合ったきっかけも言いづらい私の様子を見て、桑田さんは苛立ちを隠せない様子であった。


「なんで知り合ったかも言えないってどーゆーこと?廉くん人気なの知ってるよね?ハッキリ言って、西野さんみたいな人が廉くんに近寄ってたら周りも明らかにおかしい目で見てくるよ?廉くんも可哀想だし、西野さんの為にも言ってるの。妬む人も出てくるし、そーゆー争いに廉くんを巻き込まないようにしてくれる?」


ど正論を言われてまた何も言い返せない。

妬む人も出てくる、という言葉を聞いて目の前の雅を見つめた。

そして今日の朝靴箱に入っていた紙を思い出す。


〈お前のことを許さない〉


もし桑田さんが書いて入れたならどうだろう。疑いたくないが、しっくりと来た。

廉くんに近づいたから

〈お前のことを許さない〉。


「あの…私の靴箱に紙を入れたのは、桑田さん?」
「なに?なんのこと?そんなの知らないけど」


勇気を持って質問したが呆気なく返された。
桑田さんではなかった。ハッキリとした言葉で否定した様子を見て、嘘をついているような感じではない。


あの紙を入れたのは彼女ではない。

じゃあ他の人物が入れたとしたら…いったい誰なのか。


「廉くんは今忙しい時期だよ?受験の年だから勉強に集中したいと思うの。いつも放課後も学校で勉強して帰ってるのに、わざわざ図書館まで行って勉強してるって、何でいきなりそんなことになったの?」


そうだ。今は先輩は、大事な時期。
以前から図書館で勉強していたわけじゃなかったのか。それを初めて知った。


「とにかく、適当に廉くんには近寄らないでほしい。廉くん、優しいから人付き合いも無理してると思うの。だから廉くんのことしつこく関わらないでくれる?」


そう強く言われて、私はまた黙ってしまった。たしかに先輩は優しい。だから自分のせいで無理しているような気がする。不審者が現れたからって、関係ない人を巻き込んでいるのは本当のことだった。


「…廉くん昔からいろいろあって、本当は弱い人だから。…私が1番よく知ってるから」


桑田さんは言葉を紡ぎなら話す。


「昔いろいろあったって…?」
「廉くんは昔…あまり言えないけど」


桑田さんが何か言いかけた時、誰かの気配を感じた。

緊張が走る。

そこには私と雅の間に割って入るように清宮先輩が立っていた。


「何、話してるの」


突然の先輩の登場に、驚いた。

彼は背中にリュックを担ぎ、落ち着いた様子でこっちを見ている。

さっきまで流暢に喋っていた桑田さんは口を噤んだ。
頬を引っ張られたような顔をしている。私たちの会話を聞いていたかどうかは分からないが、先輩は真剣な表情で桑田さんを見ている。


「雅、ごめん。それは、あまり話さないで」

「廉くん、私、廉くんのことが心配で…」

「俺から、莉子ちゃんのこと誘ったんだ。一緒に帰ろうって。一緒に帰るのにもいろいら理由があるんだ。莉子ちゃんは何も悪くないよ」


桑田さんがどんなことを私に喋ったのか、すべて聞いていたかのように訂正して言った。

桑田さんは顔を赤くした。それ以上何も言い返すことはなかった。

先輩と桑田さんはやはり幼馴染だ。昔の過去の先輩のことを知っているような間柄。

私は黙ったまま、2人を交互して見た。

そんな2人がどこまでお互いのことを知ってて深い関係かは分からない。

先輩は私の近くに立ってくれていた。

桑田さんはそれがやるせない様子だった。そして、私の方を一瞥する。
何かを伝えようと言い淀むが、諦めたように視線を逸らした。


「私は、廉くんのことが心配だっただけだよ」


桑田さんはそう言うと、その場から去った。
足早に移動して遠くなる彼女の背中を見て、そのあと先輩と目が合った。

そこで先輩は遠慮がちに微笑んだ。
桑田さんに対して申し訳ない気持ちと、私に対しての配慮が混じったような表情だった。


「…帰ろうか。莉子ちゃんのこと、迎えにきたんだ」

ただその言葉に従って、小さく頷くことしか出来なかった。