3-1. 爆弾の皇帝

 その頃、東京でも動きがあった――――。

 ウェーブがかった美しい金髪を揺らし、少女「ルドヴィカ」は田町の街を歩いていた。大胆に大股で歩く、ミニスカートから延びるすらりとした生足に、すれ違う人も目を奪われている。国道十五号線を行きかうバスやタクシー、ずらりと並ぶガラス張りの高層ビル、遠くには赤い東京タワーも見える。少女は楽しそうに歩き、高級マンションの前まで来ると、まるでドラッグをキメたかのように狂気を(はら)んだ瞳でキャハッ! と笑ってマンションを見上げた。

 マンションの最上階、メゾネット造りの気持ちのいいオフィスにきた少女は、会議室へと案内される。少女はずらりと並ぶ面々をチラッと見ると、フンと鼻を鳴らし、席に着く。

「ルドヴィカさん、わざわざ来てもらってすみませんね」
 チェストナットブラウンの髪を揺らし、琥珀色の瞳を輝かせながら、神懸った美しさを放つ女性「ヴィーナ」が口を開いた。
「いや、全然かまわないわ」
 ルドヴィカはやや反抗的な口調で答える。
「さっそくで悪いけど、これを見てくれるかしら?」
 そう言ってヴィーナは会議机の上にグラフをいくつか浮かび上がらせた。
「あなたに管理を任せていた星の情報よ。戦乱だらけで人口……、多様性……、その他全ての点で急速に悪化してるの。説明をしてもらえるかしら?」
 ヴィーナはポインターでグラフを指し、ルドヴィカを静かに見つめた。
「説明もくそも、見たまんまよ!」
 そう言って肩をすくめる。
「では、廃棄処分に同意という事でいいかしら?」
 ヴィーナは淡々と事務的に言った。
「ふん! あんたらはいつもそうよ。お高く留まって偉そうに処分をするだけ! いいご身分だこと!」
 ルドヴィカは叫ぶ。
「あなたの行動記録……見たわよ。管理者(アドミニストレーター)権限使って酒池肉林に享楽の数々……。それで批判するの?」
 抑制的なトーンで返すヴィーナ。
 くっ!
 ルドヴィカは歯をぎゅっと食いしばると、いきなり立ち上がり、腕を高く上げて、
爆弾の皇帝(ツァーリボンバ)!」
 と、叫んだ。
 直後、窓の向こう、東京タワー上空で激烈な閃光が放たれ、東京は瞬時に鮮烈な熱線に()かれた。街路樹は一瞬にして黒焦げとなって燃え上がり、ガラスは溶け、街ゆく人々は瞬時に沸騰して爆発した。
 閃光がおさまると、白い繭のような衝撃波が広がっていき、ビルは次々と吹き飛び、東京全域を瓦礫の山へと変えていく。
「キャハッ! ざまぁみろ!」
 イカれた狂気を孕んだ目で叫ぶルドヴィカ。
 しかし、全てを焼き尽くす史上最強の核兵器爆弾の皇帝(ツァーリボンバ)をまともにくらいながらも会議室はビクともしなかったし、出席者も白けていた。

「どうしてみんなコレやるのかしら?」
 ヴィーナはウンザリしたように肩をすくめる。
 そして、腕を高く掲げると、
後退復帰(ロールバック)!」
 と、叫ぶ。直後、窓の外が青白い光の奔流に覆いつくされ……、やがて光が晴れるとそこには爆破前の東京が戻っていた。
「へっ!?」
 唖然とするルドヴィカ。
 青空に東京タワーがそびえ、道には多くの車が行きかい、爆発前と寸分たがわない東京がそこにあった。
「ご苦労様、言い残すことは?」
 ヴィーナは鋭い視線でルドヴィカをにらむ。
「くっ! 化け物どもめ! グァ――――!」
 ルドヴィカは怒りに任せてこぶしを会議テーブルに叩きつけ、粉々に砕いて吹き飛ばすとヴィーナに飛びかかった。
「くらえ!」
 渾身のパンチがヴィーナの頬にさく裂し、ヴィーナは吹き飛ぶ。
 そして、ルドヴィカはそれを追いかけると馬乗りになり、両手で次々とヴィーナを殴った。唇が切れて血が飛び散り、ゴスッ! ゴスッ! と猟奇的な鈍い音が部屋に響き続ける……。
「死ね! 死ね!」
 しかし、殴りながらルドヴィカは違和感に囚われた。
 なぜ誰も止めないのか……?
 そして、血にまみれた殴る手を止め、恐る恐る周りを見ると、ニコニコと笑っている水色の髪の女の子「シアン」一人を残して、他には誰もいなくなっていた。
「な、何で……止めないんだ?」
 ルドヴィカはけげんそうに聞く。
「だって、それただの人形だもん。きゃははは!」
 シアンは楽しそうに笑った。
「に、人形!? くっ……」
 ルドヴィカは血まみれとなった女性の人形を忌々しそうに見つめ、大きく息をつくと首を振った。

















3-2. 一億年の刑罰

「さて、君、テロリスト集団に魂を売ったね? 情報、吐いてもらうよっ!」
 シアンはうれしそうに言う。
「バーカ、仲間を売るわけねーだろ!」
 ルドヴィカは今度はシアンに殴りかかったが……、こぶしはシアンをすり抜け、空を切った。
「きゃははは! もうこの部屋は『時の結晶』に変えてある。この世界には君しかいないんだ」
「また、面妖(めんよう)なシステムを作りやがったな……。だが、何したって無駄だ! 吐くぐらいなら死んでやる」
「どうやって死ぬの?」
 シアンはニコニコして聞く。
「そんなのこれで心臓一突き……。あれ……?」
 ルドヴィカは机の破片を拾おうとして、手がすり抜けてしまったことに驚く。
「君の身体はもう何とも干渉しない。まぁ幽霊みたいなものだよ。お腹もすかないし、老化もしない。死ぬことなんて無理だねぇ。きゃははは!」
「マ、マジかよ……」
 唖然とするルドヴィカ。
「じゃあ、僕は十年後に来るよ。その時、また返事を聞こう」
「じゅ、十年後!?」
「そう、その次は百年後、その次は千年後……、さて、何年後に吐いてくれるかな?」
 シアンはワクワクしながら言う。
「ちょ、ちょっと待てよ! そんな未来に情報吐かせたって意味ねーだろ!?」
「『時の結晶』内の一億年って外の世界の一日くらいなんだよね……」
 シアンは首をかしげる。
「一億年!?」
「そうだ、最初から一億年待ってみようか?」
 シアンは満面に笑みを浮かべて言う。
「ま、ま、ま、待ってくれ!」
 ルドヴィカは顔面蒼白になって頼む。
「一億年じゃ全部忘れちゃうか。では、十年後、また会おうね! きゃははは!」
 シアンは嬉しそうにそう言うと、消えていく……。
「あっ! 待てって言ってるだろ! チクショー!!」
 ルドヴィカは必死に吠えたが、その声はどこにも届かなかった。

        ◇

 一分後、シアンが部屋に戻ってくると、ルドヴィカは十年の放置ですっかりやられてしまい、ぐったりと床に転がり、うつろな瞳がただ宙を映していた。
「おまたせちゃん! 吐く? それともまた百年待つ?」
 シアンはニコニコしながら聞く。
 ルドヴィカはヨロヨロと起き上がると、おもむろにシアンに土下座をした。
「全て……吐きます。だから……殺してください……」
 シアンはうれしそうにうんうんとうなずいた。

        ◇

「パパー! テロリストの拠点が分かったよ~!」
 シアンはメゾネット造りのオフィスの階段を下りながら、手を振って言った。
「よくやった。それじゃ作戦会議だ」
 パパと呼ばれた男性「(まこと)」はニコッと笑い、ヴィーナたちを再度集める。
「ルドヴィカの星はどうしよう?」
「そんなの廃棄処分以外ないわよ。テロリストがどんな仕掛けを残してるか分からないんだから」
 ヴィーナは言い切る。
「残念だけど仕方ないわね」「もったいないけどなぁ……」
 他のメンバーも渋々同意する。
 腕を組んで目をつぶり、渋い顔をしていた誠が意を決したように言う。
「では、廃棄で行こう」
「それじゃ、システムはシャットダウンして初期化するわね」
 ヴィーナはそう言って手を高く上げる。
「ちょ、ちょっと待って……」
 誠はヴィーナの手をつかんだ。
「何よ? また予言?」
 いぶかしげにヴィーナは言う。
「焼却処分したらいい事ありそうなんだよな……。シアン、焼却処分でお願い」
 そう言って誠はシアンに頼んだ。
「わかったよ。きゃははは!」
 シアンはうれしそうに笑う。
「まぁ、いいわ。で、テロリストはどうすんのよ? 私は嫌よ」
 ヴィーナはジト目で誠を見る。
「あー、新人たちに任せるか。四人いたよね?」
「新人……ですか?」「うーん……」
 メンバーたちは不安そうに眉をひそめる。
「実戦を経験して育てないといけないかなって……。四人で勝てそう?」
 誠はシアンに聞く。
「うーん、ヴィクトルなら一人でもいけるんじゃない?」
「ヴィクトル?」
「ドラゴンと結婚した大賢者よ」
 ヴィーナが言う。
「あー、あの六歳児!」
「あの子、もう子供いるのよ。可愛いドラゴンの女の子」
 ヴィーナは幼女の映像を空中に浮かべ、目を細めながら言う。
「えっ!? 六歳児が!?」
「もういい青年よ。ほらこれ」
 そう言いながら映像に出てきた若い男を指さす。
「へぇ……。じゃあ、彼に出動してもらうようにお願いできるかな?」
「え――――、私? 自分でやりなさいよ」
 ヴィーナは口をとがらせてジト目で誠をにらんだ。
「僕から言っとくよ!」
 シアンはニコニコしながらiPhoneを取り出す。
 そして、画面をつらつら見ながら、
「あら、テロリスト集団はヴィクトルの星の南極に逃げだしたみたい。都合いいかも」
 と、どこかに電話をかけた。










3-3. アポカリプス

 所変わってオンテークの森――――。

 自分たちの星が焼却対象となってしまったことも知らず、ユリアたちは夕飯を食べていた。
 ユリアは食欲のない様子で、王都の惨状(さんじょう)を話す。
 ジェイドは、
「危ない事はしちゃダメだ」
 と、怒っていたが、想像以上の荒廃っぷりに渋い顔をし、ため息をついた。
「どうなっちゃうのかな……?」
 ユリアは心配そうに聞く。
「そこまで荒廃すると……、神様に見限られてしまう……かもしれん……」
「見限られるって……?」
「この星が消されるってことだよ」
「えっ!? そ、それはダメよ! そんなことになったら私たちも消されちゃうって……ことよね?」
「そうだ……」
 極めて厳しい事態に追い込まれたことに二人はうつむき、沈黙の時間が続いた……。

「ねぇ、何とかならない……かな?」
 キリキリと痛む胃を押さえながら、ユリアは口を開く。
「神様のやることに我々は干渉できない。何しろ我々を作ったのは神様なのだから……」
「そんな……」
 ユリアは青い顔をしてうつむく。

         ◇

 早々に食卓を片付け、寝支度をしている時だった。

 パーパラッパー! パパパッパー!
 外で高らかにラッパの音が鳴り響く。

「えっ!?」
 ジェイドはあわてて窓を開いて空を見上げる。
 ラッパの音は夜空高く、宇宙から降り注ぐようにオンテークの森に響き渡っていた。
「ア、アポカリプスだ……」
 ジェイドは顔面蒼白となり、空を見つめたまま動かなくなる。
「な、何なの……? それ?」
 ユリアはジェイドの異様な様子に恐る恐る聞く。
「終末を告げるラッパ……、神様がこの星を終わらせると宣言したんだ……」
 ジェイドは呆然としながら崩れ落ちた。
「えっ! この星、消されちゃうの!?」
 真っ青になるユリア。
 ジェイドは無言でゆっくりとうなずく。
「ど、どうやって消されるの?」
「分からない……」
 ジェイドはそう言って、うなだれた。

 世界の終わりがやってくる。
 いきなりの死刑宣告に二人とも言葉を失い、ただ、呆然とするばかりだった。
 やがてラッパの音が鳴りやみ、静けさが戻ってくる。
 ユリアはこれから始まる死刑執行をどうとらえていいのか途方に暮れ、窓辺で夜空を見上げた。
 その時だった。夜空の向こうに、何かぼうっと赤く光る点がゆっくりと動く。
「あれ……、何かしら?」
 ジェイドは立ち上がってユリアの指さす先を見る……。
 すると、目をカッと見開き、叫んだ。
「巨大隕石だ! デカい……ニ十キロはあるぞ!」
 ニ十キロと言えば、王都だけでなく、王都を囲む盆地全体が覆い隠されるサイズ。落下したエネルギーで、この星の生きとし生けるものは全て燃やし尽くされてしまうだろう。神様が選択した星の消去方法は巨大隕石による焼却処分だったのだ。
「ニ十キロ!?」
 ことの深刻さにユリアは言葉を失う。
 するとジェイドはユリアの目を見つめ、
「我が隕石の軌道をそらして浮かす。ユリアは全力のシールドで宇宙へ帰っていくようにさらに軌道を変えてくれ」
「えっ!? 軌道をそらすってもしかして?」
 ユリアは嫌な予感がした。
「愛してるよ、ユリア……」
 ジェイドは覚悟を決めた目でユリアを見つめる。
「待って! 止めて!」
 ユリアはジェイドにしがみつく。彼は自分の命をなげうってこの星を守ろうとしているに違いない。ジェイドが失われた未来、そんなのどう考えても受け入れられない。
 しかし、ジェイドはそっとキスをするとユリアの手を振りほどき、窓の外へと跳ぶ。
「ジェイド――――!」
 ユリアの叫び声が響く中、ジェイドはドラゴンの姿に戻り、いまだかつてなく激しく光り輝くと隕石の方へとすっ飛んで行った。
「いやぁぁぁ!」
 ユリアはいきなり訪れた別れの、胸が張り裂けるような痛みに貫かれ、絶叫する。
 隕石は徐々にまぶしく輝き始め、世界の終わりが近づき、ジェイドの鮮やかな青白い軌跡はまっすぐに隕石の飛び先へと進む。
 夜空に展開される多くの命のかかった鮮烈な光の共演。それはユリアの胸を絶望に染め、ただ力なく手を伸ばすばかりだった。
 そして、両者が交わる――――。
 直後、激しい閃光が夜空を、大地を光で埋め尽くした。











3-4. 降り注ぐ命の輝き

「いやぁぁぁ!」
 最愛の人の最期、その激烈な光の洪水を浴びながらユリアは自分がバラバラになってしまうような衝撃で泣き叫ぶ。自分を救ってくれて、そして、大切に優しく慈しんでくれたかけがえのないジェイド。その愛しい命がまばゆい光となって大地に降り注いでいる……。
「あぁぁぁ……、ジェ、ジェイド……」
 ユリアは焦点のあわない目でそうつぶやくと、奥歯をカチカチと鳴らしながら、真っ青な顔をして窓辺にもたれかかった。

 光が晴れていっても、隕石は輝きながら飛んでいる。ただ、いくつかに分裂し、軌道も大きく変わっていた。
 ユリアはジェイドに託された作戦を思い出し、全力のシールドを張るべく体に力を入れようとしたが、手がブルブルと震えて上手くいかない。
「ダ、ダメ、ちゃんとやらなきゃ!」
 ユリアはポロポロと涙をこぼしながら深呼吸を繰り返し、意識を集中して超巨大なシールドを隕石の進行方向に斜めに展開した。
 秒速ニ十キロの超高速でシールドに突入した隕石群は、衝突の衝撃でさらにバラバラに砕けながら斜め上に弾き飛ばされていく。
 隕石の破片群はまるで壮大な花火のように、激しい光の軌跡を描きながらゆっくりと高度を上げていき、やがて宇宙へと帰っていった。
 ユリアは両手を夜空に向けたままハァハァと荒い息をしながら、満天の星々が戻ってくるさまを呆然と眺める。

 ホウ、ホーウ……。
 まるで何もなかったかのように、静けさを取り戻した森からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「ジェ、ジェイド……?」
 ユリアはまだ現実感が湧かず、力なくつぶやく。
 必死にジェイドの気配を探索したが……、どこにもジェイドの姿は見つけられなかった。
「ジェイド――――! ねぇ! ジェイド――――!」
 ユリアの絶叫はただ静かな森へと吸い込まれていく。

 うっうっうっ……。
 ユリアはジェイドが消えた辺りの空をじっと見つめながら、涙をポタポタと落とし続けた。
 やはりジェイドは身を(てい)してこの星を守ったのだ。ユリアを残して……。

       ◇

 すると、流れ星のような光跡がツーっと夜空から降りてくる。
「ジェイド……?」

 ユリアはその光跡を目で追う。やがてその光は激しく輝きながらグングンと近づいてきてユリアは思わずしゃがみ込む。

 きゃぁ!

 光は窓を抜け、部屋に入ってきた。室内をまばゆく照らす眩しさに目がくらむユリア。

 ひぃぃ!

 パリパリ! というスパークがはじける音が部屋中に響き渡った。

「君、すごいね!」
 光の中から若い女の声がする。
「えっ!?」
 光がおさまって、中から現れたのは水色の髪の女の子、シアンだった。
「隕石を止められたなんて初めてだよ」
 そう言ってニコニコと笑う。
「あ、あなたが隕石を落としたんですか!?」
 ユリアはシアンに食ってかかる。
「そうだよ?」
 シアンは悪びれることなく平然と言った。
 あまりのことにユリアは泣き叫びながら喚く。
「な、なんてことするのよ! ジェイドを返してよ!」
「いいよ!」
 ニコニコとするシアン。
「え?」
 あっさりとOKされてしまって、拍子抜けのユリア。
「ドラゴン、生き返らせてあげるよ」
 シアンはサムアップして嬉しそうに言う。
「あ、あ、じゃあ、お願い……します……」
 この星を滅ぼそうとしながら、ジェイドを生き返らせるという、この軽い女の子が一体何を考えているのか全く分からず、ユリアは困惑しながら頼む。
「ただ、一応パパの許可を取らないとね。東京行くからついてきて」
 シアンはそう言うと、ユリアの手を取って一気に空間を跳んだ。

        ◇

 ユリアが気がつくと、目の前には美しい間接照明を施したガラスづくりの建物がたくさん並んでいた。
「うわぁ……」
 思わず目を奪われるユリア。
 そこは表参道だった。
 最愛の人を失った絶望から急に煌びやかな東京に連れてこられて、ユリアは頭が追いついていかない。
 街ゆく人たちはみんな着飾っていて、見たことも無いようなエレガントなファッションに身を包んでいる。ユリアは圧倒され、みすぼらしい自分のワンピースを少し気にした。

「お願いする時はケーキ買わないとね」
 シアンはそう言いながら綺麗な歩道を楽しそうに歩きだす。
「えっ? ちょ、ちょっと待って……」
 ユリアは初めて見るオシャレな街に気圧されながら、シアンを追いかける。
 ショーウィンドウには見たことも無いようなオシャレなドレスやアイテムが煌びやかに展示され、そんな店が次から次へと並んでいるのだ。王都でも見たことがないそのハイセンスなファッションストリートにユリアは気後れし、シアンの陰に隠れるように後ろをついて行った。













3-5. 時を駆ける少女

「ここのケーキにしよう!」
 シアンは楽しそうにガラス戸をあけてケーキ屋へと入って行く。
 ガラスのショーウィンドウの中には、芸術品のような造形をしたケーキが所狭しと並び、繊細な照明がキラキラとその美しさを際立たせている。
「うわぁ……」
 ユリアは見たこともないそのきらびやかなケーキたちに圧倒される。
「どれ食べたい?」
 シアンはニコニコしながら聞いてくる。
「私はどれでも……。それよりジェイドが……」
 うつむくユリア。
 するとシアンは、うんうんとうなずき、
「おねぇさん、ここからここまで全部一つずつちょうだい!」
 と、大人買いをする。
 そして、大きなケーキの箱を受け取ると人目もはばからず、そのまま田町のオフィスへと跳んだ。

       ◇

 オフィスでは誠たちが歓談している。
「ただいまー!」
 シアンが元気にケーキを掲げながら割り込んでいく。
「あれ? ケーキ……? なんかあった?」
 誠が怪訝(けげん)そうな顔でシアンを見て、その後ろのユリアに気がついた。
「あれ?」
「こ、こんにちは」
 ユリアは急いで頭を下げる。
「じゃーん! 大聖女ちゃんです! この娘凄いんだよ。隕石跳ね返したの」
 シアンはうれしそうにアピールした。
「へっ!?」
 予想外の展開に驚く誠。
「なので、あの星、この娘に任せるっていうのはどうかな?」
 ニコニコしながらシアンは言った。
「うーん、そうなったか……」
 誠は腕を組んで考え込む。
「まぁ、ケーキでも食べながらちょっと話聞いてあげて」
 シアンはそう言うと、ケーキを次々とテーブルの上に並べていった。

       ◇

 みんながケーキを食べるなか、ユリアはうつむきながら今までの事をとつとつと語る。
 追放され、ドラゴンに助けられ、魔物と化した公爵に襲われ、戦乱の世に堕ち、最後にジェイドが身を(てい)して隕石を防いだことを涙まじりに説明した。

「無罪!」
 うなずきながら聞いていた誠は、そう言って涙をぬぐった。

 パーン!
 ヴィーナはティッシュペーパーの箱で誠の頭をはたき、
「何が『無罪』よ! お気楽な事言ってないで真面目に考えなさいよ。テロリストに汚染された星なんてどうすんのよ!」
 と、にらんだ。
「痛いなぁ、何すんだよ……」
 誠は頭をさすりながらそう言って、首をひねると、
「その……追放前の時間に巻き戻したらいいんじゃない?」
 と、ニコっと笑って提案する。

「時間を巻き戻す!?」
 ユリアは驚いた。一体この人は何を言っているのだろう? もしそんな事ができるなら、自分が追放されることも防げるし、誰も死なないのだ。でも、そんな事本当にできるのだろうか?

「あ、いいんじゃない? 悪さをする人たちが分かってるんだから対策もできるしね」
 シアンはニコニコしながらそう言った。
「巻き戻したってテロリストの仕掛けはゼロにはならないわよ?」
 ヴィーナは渋い顔をする。
「まぁ、テロリストが湧いたらユリアさんに退治してもらうってことで」
 誠はケーキを口に運びながら気楽に言った。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私ですか?」
 いきなりの提案に青ざめるユリア。
「隕石跳ね返したんでしょ? 才能あるよ」
 シアンもクリームを口の周りに付けながらうれしそうに言う。
「テロリストって、あの緑になった公爵みたいな攻撃が効かない人たちですよね? 無理です! 無理無理!」
 ユリアは目をつぶって首をブンブンと振った。
「大丈夫、君も攻撃効かなくするから」
 シアンは口の周りのクリームをペロリとなめながら言う。
「私あんな緑になりたくない!」
 思わず叫ぶユリア。
「普通……、緑になんてならないわよ? その公爵なんなの?」
 ヴィーナは首をかしげる。
「え……?」
「ユリアさんがやってくれないとなると、星は消さざるを得ないよ?」
 誠は淡々と追い込む。
「そ、それは……、困ります……」
 うつむくユリア。
「いざとなったら僕や仲間が手伝うから安心して!」
 シアンはニコニコしながらユリアの背中をパンパンと叩いた。











3-6. オフィス崩壊

 ユリアは泣きべそをかいてうつむいたが、よく考えてみると、悲劇の起こらない別の未来を切り開くこと、それは大聖女として天命のようにも思えてきた。
 とは言え、神の力を得たとしても得体の知れない異形の敵と戦うことは恐怖でしかない……。
 目をつぶり、しばらく考え込むユリア。
 しかし、星を消すという選択肢など選べない。答えなど最初から一つしかないのだ。

 ユリアは大きく息をつき、意を決すると顔を上げて絞り出すように声を出す。

「わ、わかり……ました。やります……」
 ユリアは星に息づく数多(あまた)の人々のことを想い、過酷な運命を受け入れる覚悟を決めた。

「じゃあ、ユリアさん、シアンの研修を受けて管理者(アドミニストレーター)のスキルを身につけてね。準備できたら時間巻き戻すから」
 誠はにこやかに言う。
「は、はい……。で、でも……ジェイドは……」
 ユリアは頬を赤らめながら口ごもった。
「はいはい、今すぐ会いたいのね?」
 ヴィーナが優しい目をしてそう言うと、ユリアは目に涙をにじませながら恥ずかしそうにうなずいた。
「じゃあ、イケメン君、カモーン!」
 ヴィーナはおどけた感じで手を上げる。

「待って待って!」
 と、誠は叫んだが間に合わず、ボン! と爆発が起こってオフィスの屋根や柱が吹き飛んだ。

「うわぁ!」「キャ――――!」
 落ちてくる天井やがれきの中、悲鳴が上がる。
 ドラゴン形態のジェイドが召喚されてしまったのだ。砂ぼこりが巻き上がり、机や本棚などオフィス家具はぐちゃぐちゃに潰されてしまった。

「もう! 二度とドラゴン呼んじゃダメって話したじゃん!」
 誠は砂ぼこりの舞う中で、頭を抱えながら怒る。
「あれ――――? 今回は人間形態を選んだはず……よ?」
 ヴィーナは『やっちゃった』という感じでうなだれる。

「ジェイド――――!」
 戸惑ってキョロキョロしてるドラゴンの足に、ユリアは飛びついた。
 ジェイドはそれを見ると、ユリアを愛おしそうに見つめる。
 そして、ボン! と、音を立てて人化し、ユリアをハグした。
「ジェイド――――! うわぁぁぁん!」
 ユリアはしばらくおいおいと泣き続ける。
 そんなユリアをジェイドは愛おしげに抱きしめ、頬を寄せる。

 誠はそんなラブラブな二人を見ながら、ヴィーナに言った。
「騒ぎになる前に早く直して」
「ハ――――イ」
 ヴィーナは空中に黒い画面を広げると、何かを表示させ、渋い顔でパシパシと画面を叩いた。そしてしばらく画面をにらんでいたが、やがてウンザリとした様子で宙をあおぐ。そして、iPhoneを取り出し、どこかに電話をかけた。
「ねぇねぇ、美味しいケーキがあるんだけど、田町に来ない? うん……うん……。待ってるわよ、すぐにね!」
 そしてニヤリと笑った。

       ◇

「はーい、こんにちはぁ……、へっ!?」
 ドアを開けて入ってきた金髪おかっぱの中学生のような女の子は、がれきの山と化したオフィスを見て固まる。
「レヴィアちゃん、待ってたわよぉ」
 ヴィーナはうれしそうに近づくと、手を引っ張って会議テーブルの所に座らせて、目の前にケーキを置いた。
 レヴィアは辺りを見回してジェイドを見つけると、
「もしかして……、またドラゴン……召喚したんですか?」
 レヴィアは少しあきれた様子で聞く。
「レヴィアちゃん、綺麗に直してたじゃない? これもお願い!」
 ヴィーナは手を合わせて頼む。
「ヴィーナ様だってできるじゃないですか!」
「このオフィス以外なら一瞬で直せるんだけど、ここ、面倒なのよね……」
 わがままな事を平気で言うヴィーナ。
「分かりました。一つ貸しですからね!」
 レヴィアはジト目でそう言うと、空中に黒い画面を広げ、パシパシと画面を叩いていく。
「頼りになるわぁ」
 ヴィーナはニヤッと笑った。

      ◇

「お礼に焼き肉でもおごるわ」
 ヴィーナは綺麗に直ったオフィスを眺めながらニコニコして言った。
「やたっ! 美味しいのでお願いしますよ」
 レヴィアは満面に笑みを浮かべる。
「あなた達も行くかしら?」
 ヴィーナはユリアたちを誘う。
 女神様直々のお誘いを断るわけにもいかない。ユリアはジェイドと顔を見合わせると、
「お、お願いします……」
 と、頭を下げた。