節制と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。某サイトによると、欲望におぼれて度を越すことがないように、適度につつしむことを示すという。
 しかしながら、私の身近にいる節制は、こんな生易しいものでは決してない。

「今日の講義は『欲』について」
「また講義……?」
「これしきの事で自分のことはおろか、他人の事を理解したつもりでいるというの?」
「いえ、失言でした申し訳ございません」
「わかればよろしい」

 辞書に書かれているような言葉の意味よりも、かなりスパルタな気がするのはきっと気のせいではないだろう。
 彼女の名は、『節制』の正位置。カード番号は14で、主な意味は『平凡な日々・調和・平和主義』など。
 だが、本人の性格はその正反対である気がしてならない。カード本来の意味と性格の不一致は、少なくとも私の周りではあるが、珍しいことではない。流石にここまで違うと、多少心配ではあるが。

「では主に問う、窮地に立たされた人が優先するのは何?」
「窮地にか、うーん……」
「設定を加えましょう、周りの人から優しいと評価されている人が、窮地に立たされた時……何を優先すると思う?」
「周りの人……かな?」
「甘いわね、そんな認識ではいけないわ。その場合は葛藤が生まれる、他人か自分か……天秤にかけるの」
「え、でも普段は優しいって評判の人なんでしょう……?」
「自分が窮地に立たされているときに他人を優先できる人はそうそういないわ、悲しいけど」

 彼女はよく、調和とは何かを問うてくる。これも一般的に調べると、全体または両方が、具合よくつりあい、整っていることを示すという。
 しかしながら、世の中はその正反対に回っているような気がする。目に見える紛争もそうだが、目には見えない憚りもあるだろう。それらを踏まえた上で物事を見据えると、今の世の中は不可解なことだらけだ。

「言葉にするのは非常に簡単なこと、でもそれぞれに思い描いていることは全く違う。問題は視点を誰に充てて考えたときに何が起こるのかよ」
「じゃあ……他人から見たその人、仮にAさんとして。Aさんは普段から人にやさしい人だから、自分たちの為に動いてくれるだろうと考えている。ということは……」
「いい観点ね、そう。その人たちが優先しているものは自分たちとなるわね。じゃあAさんはどう?」
「自分……つまりAさん自身が窮地に立っている状態だと、人のことを考えている余裕もないはず。寧ろ誰かに助けを求めるだろうし……そうなると、Aさんも自分を優先してしまう……」
「そうね、勿論人によるけれど。おおよその人はそう考えてしまうでしょうね」

 人間は欲の塊を抱えながら生きている。マズローという人が解明した、人の中にある欲はまとめると、自己実現欲求・承認欲求・社会的欲求・安全欲求・生理的欲求の五つだと言われている。人はそれらの欲が満たされた時幸せを感じ、満たされなかったとき不幸を感じるのだろう。
 だが彼女は、別の観点を持ち合わせているようだ。

「調和の取れた状態というのは本来、自分の欲が満たされている状態で、それを脅かそうとする人もいなければ、周りの人たちも満たされている状態であることを指すのかもしれないわね」
「それってかなり難しいわよね……?」
「そうね、だから人には理性というものが存在するの。己の欲を抑制することができる力、それが理性だと私は思うわ」

 ところが、世の中はその理性の力比べをしているようで、理性の強いものが欲の抑制を無意識に強いられ、理性の弱いものがあふれかえっているのだという。
 故に『理不尽』だと思ってしまう人たちの中には、理性の強い人が多いことがあるのだという。いくら理性があるといえど、その範囲や力は人によってさまざま。
 さらに言えば、その理性の強さを主張して最終的に己の欲を満たそうとする人もいるだろう。

「じゃあ……平和っていったい何なんだろう……」
「一般的には争いのないこととして取り上げられているみたいだけど、実際は間接的に争いが起こっているわよね。それで平和だというのだから、勘違いも甚だしいところだわ」
「人ってそう考えると、罪人みたいだね……」
「前にも言った通り、人は前世で犯してしまった罪を償うために今を生きている……だから苦しいことの方が多いの。だけど、その中であったとしても、自分の本質を見失うような人にはなってほしくないわね」
「本質って?」
「本当の意味での調和を求め続けることよ、どういう形であれば調和がとれるのか……それを日々追求していくことが重要だと思うわ。私とあなたのようにね?」
「それって……カードさん達と私との関係性も……?」
「そうよ、私たちは人ではない。でもこうして対話をしたりする事でお互いを知っていくことができる。お互いにとって良い環境とは何か、それも話し合うことができるわ」

 特に人と人なら、私達との会話よりも身近にあるでしょうから。そう節制さんは続けた。
 この世を生きるすべての人の大きくて複雑な課題であると、しみじみと実感をするのだった。