「おい、真結」
学校帰り、うつむいてとぼとぼ坂道を下っていた時、嫌なやつに声をかけられた。
立ち止まって真横を見ると、サッカー部のユニフォームを着た男が、高いフェンスの向こう側にいた。
「元気なさすぎじゃね?」
からかうような口調に私はため息を吐く。
「ほっといて。私に声かけないでっていつも言ってるでしょ」
こいつは幼稚園の入園式の日に恕をいじめた男の子の一人で、私が体当たりして心ならずもマウントを取ってしまったやつだ。
あれ以来、私のことを暴力女と罵り続け、小学生の頃は髪を引っ張られたり虫の死骸をプレゼントされたりと酷い目にあってきた。
ここまでずっと同じ学校になるとは思わなかったが、高3になった今も相変わらず私にウザ絡みしてくる。
「私そういうキャラじゃないのに」
「知ってるよ。口より先に手が出るタイプだろ」
「違うってば」
教室の真ん中にいても目立たないコミュ障な私に、いつまでこんなことを言い続ける気だ、こいつは。
「なあ、もしかして恕と別れた?」
「えっ」
なんで知ってるの!?
「変な顔」
やつは指差して笑う。
「ま、おまえが隠し彼女だなんて誰も気付いてないと思うけどな。俺の目は誤魔化せないぜ」
「隠し彼女って何よ?」
得意げな表情に腹が立つ。
「否定しないのな」
慌てて口を噤むが、やつはニヤニヤしていた。
「……黙ってて」
こんなやつに頼みごとするなんて不本意だが、口止めしないわけにもいかない。
「もう終わったことだけど」
「ふうん、やっぱ別れたんだ?」
悔しいことに、さっきから誘導されるように秘密をバラしてしまっている。
今まで、恕以外の人とろくにコミュニケーションを取って来なかったせいかもしれない。
「あんたに関係ないでしょ」
泣きそうになるのを必死でこらえる。
「いいんじゃね。これでちょっとは周りが見えるようになるだろ。世界に恕しかいないわけじゃねーんだからよ」
なぐさめのつもりか、やつは柄にもないことを言って自分で照れている。
でも、私は言われて気付いた。
周りにうまく馴染めなくて焦ったり、友達が出来なくて寂しかったり、そんな思いをせず過ごして来られたのは、恕と二人きりの特別な時間があったからだということに……。
なんということだろう!
私の世界には、本当に恕しか存在していなかったのだ。
「なんなら俺が相手してやろうか」
「きもい!」
適切ではないとわかっていても、口から反射的に出た言葉を引っこめることは出来なかった。
「ご、ご、ごめん」
さすがに酷い言葉だったから謝罪したが、何か仕返しされそうな気がして、私はダッシュで逃げ出した。
「ばーか! 真結のくせにマジになってんじゃねーよ」
憎まれ口が追いかけて来たが、振り向かなかった。
だから、その直後に後ろでいったい何が起きたかなんて、全然知らなかったのだ。