「真結ちゃん」
図書館の奥の書庫で、先生に頼まれた本を探している時だった。
ふり向かなくても声だけで恕だとわかって、思わずときめいてしまう自分が悔しい。
「昼休み、待ってたのに」
私は手に取った分厚い本をぎゅっと抱きしめ、恕に背を向けた。
「美咲ちゃんと行っちゃったから、忘れたんだと思った」
嫌味が口をつく。
今日は恕と待ち合わせて一緒にお昼を食べる約束をしていた。
早起きしてお弁当を作り楽しみにしていたのに、昼休みになってすぐ、別のクラスの恕がやって来て美咲を呼び出し、二人でどこかに行ってしまったのだ。
その時の私の気持ちがどんなだったか……なのに、いつものようにチラッとふり返ってこっちを観察した恕は、満足そうに口角を上げた。
ヤツは、これから私が嫉妬に震えながら自分を待つのを、心わくわく期待しているのだと思った。
「私、もう疲れた。恕と付き合うのやめたい」
何年も繰り返しイメトレしてきた言葉を、やっとの思いで口に出した。
生徒会役員の恕は、たまに空き教室の鍵を持ち出して私と密会するのに使う。
校内で誰にも邪魔されないで二人きりになるには、そんなふうに隠れて会うしかなかった。
図書委員の私が放課後いつも図書室にいるとわかっていても、こうやって一人で会いに来てくれることなんて滅多にない。
たいてい誰か他の女の子と一緒に来て、隣同士で席について勉強する。美咲と一緒の時もあった。
そして、いつもいつもいつも、私の感情をわざと逆撫でするのだ。
「僕が嫌いになった?」
恕の声のトーンが低い。怒ったのだろうか。
「ならない」
私は緊張して、ますます強く本を抱きしめた。
「好きだから困ってるの! このままだと私、いつかおかしくなっちゃうよ」
泣きそうだった。
みんなが、恕に似合いなのは美咲だと言う。
恕の彼女が私だとバレたら、みんな不釣り合いだと笑うだろう。美咲のライバルに相応しくないと言われそうなのがつらい。
恕に近付く他の女の子達だって、みんな自信ありげで堂々としている。
私なんて、人前で恕に挨拶すら出来ないのに……。
「恕は私のこと、好きなの?」
せめて二人きりの時だけでも、好きと言って欲しかった。
大切に想われているという確かな証が……自信が欲しかった。
もしも、嫉妬させて愉しむ玩具でしかないのなら、もう解放して欲しい。