2,ライバルにもなれない

「どこまでいってるって?」

休み時間、後ろの方から甘ったるい声がした。

続きなんか聞きたくないのに、私の耳は意思に反して、猫のように後ろを向きそうになる。

「そんなの教えるわけないじゃん」

太田美咲(おおたみさき)が笑うと、一緒にいた女の子達もキャーキャーはしたない声を上げて笑い出す。

明るく華やかな彼女の周りには、取り巻きのように群がる子達がいて、女ボスとその手下みたいにクラスを取り仕切っている。

「あたし、(しのぶ)くんとは長いからねー」

美咲の言葉は私の心をグサグサと刺激する。
人前で堂々とそんなことを言えて、周りからそれを認められていることへの(ねた)ましさが、鎌首をもたげ始める。

だけど、言いたいことの半分も満足に口に出来ない私のような人間が、美咲に対抗するなんて不可能だ。

恕に引きずられるように中高一貫校に進学したせいで、私と美咲も幼稚園からずっと一緒の学校に通う羽目になった。

そして、なぜか恕より美咲と同じクラスになる確率が高かった。

彼女にとって私は、幼稚園からの幼馴染、という(くく)りに入っているらしい。新しいクラスに馴染めず小さくなっている時、声をかけて仲間に入れてくれたこともある。嫌われてはいないと思う。

でも私からすれば美咲は、好きか嫌いかといえば嫌いな方だ。

成績も見た目も良くて積極的な彼女にとって、私など取るに足らない存在である。自分を脅《おびや》かす材料など何も持たない小者と見くびっているはずだ。

だから、私に優しく出来るのだろう。

もし美咲が、私が恕と二人きりで「遊ぶ」仲だと知っていれば、そんな態度でいられるはずがない。

上から笑顔で見下ろしてくる美咲を、私はどうしても好きにはなれない。

でも、そんな(ゆが)んだ目でしか彼女を見れない自分のことは、もっと好きじゃなかった。


「何度も言ってるけど、あたし、恕くんの彼女じゃないからね」

美咲は口ではそう言うが、恕との親しさや彼への好意を隠そうとはしていない。

もうすぐ18歳になる今川恕は、学園の王子様と(うた)われている。

なにしろ恕はスコットランド系のクォーターで、赤毛にヘーゼルの瞳をした色白の美形男子なのだ。

そのうえ成績もすこぶる良くて、更にお金持ちの坊ちゃんだなんて、モテない要素が見当たらないではないか。

「美咲と恕くんならお似合いだよね」
「早く付き合っちゃいなよ」

周りの声が聞こえるたび、私はギリギリと奥歯を噛み、かたく拳を握りしめる。

「恕と付き合ってるのは私なの!」

……なんて、言えるわけない。