恕と出会ったのは、幼稚園に入園した日のことだ。
「おまえ男なの!?」
素っ頓狂な声にふり返ると、やんちゃそうな男の子が三人ぐらい、やたら色素の薄い子を捕まえて騒いでいた。
「女みたい!」
「変な髪」
小突いたり髪の毛を掴んだりされているその子は、磨いた10円玉みたいな赤っぽい茶色の髪の毛をしていて、手足や顔の色がとても白かった。
「おい、なんか言えよ」
「ガイジンなんじゃねーの?」
「喋れねーのかよ?」
いじめが発生しているのに、先生方も親達もなぜか気付いてくれなかった。園庭で遊ぶ子供達のはしゃいだ声がうるさくて聞こえなかったのかもしれない。
たまたま近くにいた私は、手にした積み木を握りしめるばかりで、どうしようどうしようとハラハラ見ていることしか出来なかった。
「うるさいな」
ふと、無反応だったいじめられっ子が、ぽつりとつぶやいた。
「あっちいけよ」
長めの前髪から覗く目に、変な迫力があった。
「なんだよ、ばーか!」
男の子達は動揺したようだ。一人が低レベルな言葉を吐いて、その子の肩をドンと強く突いた。
よろめいたのを見て、他の二人も手を上げ一歩前へ出る。
「ダメ!」
私は思わず大声を上げ、横から男の子達に体当たりした。
「いってー!」
バランスを崩した彼らは重なり合うように床に転がり、その上に私も倒れ込んでしまった。
「こら! ケンカしないの!」
その時、やっと騒ぎに気付いた大人達が寄ってきて、私たちを助け起こした。
「真結!?」
私の母親も慌てて飛んできた。
「女の子のくせに何してるのよ、もう!」
母には、一番上にいた私がマウント取って、男の子達をやっつけたように見えたらしい。
「ちがうの!」
言い訳しようとした私は、さっきいじめられていた子の方を指差しかけて、目を見張った。
「大丈夫?」
「痛くない?」
数人の女の子達が彼を囲んでいた。
声をかけたり肩に触れたりして、それぞれ優しさをアピールする競争でもしているかのようだった。
「うん、ありがとう」
彼はにっこりと女の子達に笑いかけた。
――なんで!?
猛烈に、納得いかない思いがした。
この子達は彼を助けるための何をしたというのか?
私が声を上げたから大人に気付いてもらえたのではないか?
ありがとうって言われるべきなのは、この私ではないのか?
「しのぶくん、っていうんだ?」
女の子の一人が名札を指して尋ねると、彼はこっくり頷いた。
「あたし、美咲。仲良くしてね」
他の子達を押しのけるように、彼女はグイッと前に出る。
「うん、仲良くしようね」
彼はそう答えて、美咲とやらに微笑みかけた。
――ズルい!!!
その時の感情を、私は未だに忘れていない。
身も心も置き所のない焦燥と、居てもたってもいられなくなるような悔しさ、そして、彼女に掴みかかってめちゃくちゃに暴れたい衝動……私の中に初めて生まれたその感情は「嫉妬」だった。
母親の小言が雑音のように遠く聞こえた。
幼いとはいえ、感情のままに美咲を叩いたらダメなことぐらいわかっていたから、心の中で暴れる嫉妬に戸惑いつつ、衝動を抑えるのに必死だった。
そうやって我慢しているうちに涙がにじんできて、私はきゅっと唇を噛んだ。
その瞬間、だったと思う。
彼が私に目を向けた。
視線がぶつかる。
その目があんまり綺麗な色をしていたから、私は思わず息を飲んだ。
彼はじっと私を見つめ、それからふっと目をそらして美咲に手を差し出した。
「外で遊ぼ」
美咲は嬉しそうにウン!と言って彼の手を握った。
――ズルい!!!!!!
私は叫び出したいほど美咲に嫉妬した。
二人は園庭へ向かい、その後をぞろぞろと女の子達が追いかけていく。
拳を握りしめて見送ることしか出来ない私を、彼がチラッとふり返った。
その顔に浮かんでいたのは、とても楽しそうな、欲しかった玩具を手にした時のようにワクワクした表情。
その時は、なんでそんな顔で私を見るのか、まるでわからなかった。