「恕くん……」

やっと声が出るようになったのは、学校から連れ出され、私の家に向かう途中、電車に並んで座っている時だった。


「寂しかった?」


いたずらっぽいヘーゼルの瞳が私をのぞき込む。


――まさか、この一週間のことって……


私は違う意味で身を震わせた。

「真結ちゃんが悪いんだよ」

恕は楽しそうに言った。

「僕と別れたいなんて、そんなの無理に決まってるのに」


「……酷い。私がどんな思いでいたと思ってるの?」

(うら)めしくて(にら)みつけたが、恕はにこにこ微笑んで(ひる)みもしない。

「圭吾には二度と真結ちゃんにちょっかい出すなって言っといたから。昨日も僕がこんなに我慢してるのに、気安く声かけやがって……俺が相手してやるとか言ってたっけ? 身の程知らずもいいとこだよね」


私は開いた口がふさがらなかった。


「恕くん、病んでるよ……」


やっとのことでそう言うと、恕は私の唇にキスした。

「ちょ……こんな人前で!」

抵抗したが、恕は私の頬をがっちりホールドして、何度も(ついば)むようなキスを繰り返した。


「真結ちゃんが(おど)すから」

恕はポケットから何か取り出しながら言った。

「え……?」


「美咲と仲良くしたら叩くって、脅したでしょ?」


遠い日の記憶が蘇る。

確かにそんなようなことを言ったかもしれない……でもニュアンスが違う!

私は嫉妬から美咲を叩いちゃうかもと言ったのであり、恕を叩くとは言っていない!


「いつ叩かれるのかなって思ったら、すごくドキドキして、これが運命なんだってわかったよ」


「なにそれ……」


ドSなのかドMなのかわからない。

いや、どっちも嫌だけど!


「真結ちゃん、僕とずっと一緒にいてね」

恕は私の左手を取り、虹のように光輝く透明な宝石のついた銀の指輪を、薬指にはめた。

「恕くん……」

私の目から涙がこぼれ落ちる。

「愛してるよ」

優しい声で告げられ、初めての言葉に胸がいっぱいになった。

「私も恕くんを愛してる」

恕は私の頭を撫でて、嬉しそうに微笑んだ。


「プロポーズの時に言おうと思ってたんだよね。想像してたより可愛くて良かった」

「……ズルい」

「愛してる。真結ちゃん大好きだよ……ふふっ、真っ赤になって可愛いね? そんなに言われたかった?」


悔しかったけど、もっと沢山言って欲しいと、貪欲に願う気持ちは否定できない。


「今から真結ちゃんちに、お嬢さんを下さいって挨拶に行くね」


夢見心地でうっとりしていた私を、現実が呼び戻した。


「それって今? 今じゃなきゃダメなこと!?」

「当たり前でしょ」

恕の目は本気の色を浮かべていた。


「僕も明日で18歳になるから、結婚できるんだよね」


恕はにっこり笑って言うと、私の手を取り両手で包み込んだ。

「い、痛いっ」


ぎゅーっと強く握られ、私は悲鳴をあげる。


「真結ちゃん、真結ちゃん愛してる。僕だけの真結ちゃんになって」

「わかった! わかったから離して! 痛いよ!」


周りの乗客のバカップルを見るような視線も痛かった。


脅してるのはどっちの方なのか。
今までの月日を思い返しても、脅していたのはむしろ恕の方だ。他の女の子の方に行ったまま帰って来なくなったらどうしようと、常に思わされていたのだから。

恕の病みはどうやったら治せるんだろう……でも、治ったら私に興味なんかなくなるかもしれないと思うと、このままでいて欲しい気もする。

うーん、複雑だ。



この時の私は、まだ恕の暴走を止められると思っていて、まさか半年後に教会で永遠の愛を誓わされることになるなんて、想像もしていなかったのである。


~完~