大きな月が昇りはじめるころ


 あたしは窓をあけて外を見る

 隣の部屋に住む彼が

 影を引きずるように坂を登ってくる


 今日も疲れた顔してるのかな


 小さながま口をポケットにしまい

 あたしは小走りで外へ

 古いアパートの階段を駆け下り

 門をくぐる直前に止まって息を整える


 彼の足音が近づいてくるのを確かめ

 ゆっくり一歩を踏み出す


「こんばんは」

「こんばんは」


 あたしから挨拶すれば応えてくれる

 不自然じゃない程度に笑いかけたら、ちょっとだけ微笑み返してくれる


 でも、それだけ


 あたしはすぐそこの自販機で飲み物を買う

 入れ違いに門をくぐったあの人は、階段を上がっていく


 まだ新しそうなスーツの背中を見送りながら考えてみる


 どうしたら彼との距離を縮められるんだろう?

 どうしたらもっと色々なことを話せる仲になれるんだろう?


 同じ安アパートの住人で、隣の部屋に住んでいるだけのあたしに興味を持ってもらうには、いったいどうしたらいいんだろう?