6歳頃から占いの勉強を始めて、時折、マレと城下町に行ったり、机の上に出していたタロットカードを見たジュリアに占いをねだられて占断してみたりと、日々、穏やかに楽しく過ごしているうちに8歳になった。
ある日の夜、マテウス国王とエリアス第一王子との晩餐に呼ばれ、一緒に食事をしたあと、自分の部屋に戻る時に自分の出生の一端を知る出来事があった。
いつもは侍女のジュリアと迎えにきた国王付の近衛たちと一緒に戻るのだが、その日に限ってジュリアは用事があり仕事を休んでおり、また、ここまで連れてきてくれた国王付の近衛も見つからなかったため、ひとり王城の中を帰ることにした。
7歳の頃から始まった、国王と4歳年上の第一王子との食事会は月に2度ほどあったため、何度か往復する機会もあり、一人でも帰れる道だと思ったのだ。
その帰り道、間もなく自分の部屋だと安心したトゥイーリの耳に聞こえた声があった。
「あの部屋の娘は自分の母親だけではなく、前国王も呪い殺した」
「今の国王も呪い殺そうとしている」
「王族の子息でもないのに、なぜここにいるのか」
憎悪に満ちた声に立ち止まり、あたりを見回してみたが、人の気配は感じられなかった。
(私が、自分の母親を殺した?国王を呪い殺す?)
トゥイーリの心に疑問が浮かぶが、誰に聞けばいいのだろう?
もやもやとしたものを抱えながら、部屋に到着した。
「トゥイーリお帰り」
マレはトゥイーリの顔がこわばり、青くなっているのをみて、
「何かあったのか?」
トゥイーリはどう話せばいいのかわからず考えながら、
「今、帰り道で、王族を殺した娘だと言われたの」
その一言でマレも表情をなくす。心の中で、
(誰がそんなことを言っているのだ?)
と疑問が浮かぶが、トゥイーリの悲痛な声で思考が中断される。
「それは本当なの?」
マレは静かに首を振り、声を振り絞る。
「……それについては、わからないのだ……」
マレの苦悩に満ちた声にトゥイーリは自分の中で何かがはじけたような感覚を覚えた。
「……自分の母親と前国王を殺し、今の国王も呪い殺そうとしているって……」
そこまで話した時に、トゥイーリの頬に涙が流れていた。
「どういうことなの?マレは私の身内から頼まれてここにいるのでしょ?なぜわからない、なんて言えるの?」
マレは俯くことしかできない。トゥイーリの母親がなぜ死んでしまったのか、その理由を探っているが、いまだにはっきりと何が起きたのかよくわからないのだ。
「なぜ私がここにいるのかも知らない。そして、私の両親のことも知らない。なぜマレは何も知らないの?知っていて答えないの?」
マレはその言葉をただ聞くことしかできない。どこまでのことをいつ伝えるか、いつなら大丈夫なのか、ずっと自問自答していて答えがでていないのだ。
だけど、この王城で噂が流れているのなら、このまま押し切ることは難しいだろう。
決意を固めると、マレはふ、と息を吐いてから口を開く。
「……トゥイーリの母親は、アリスィという名前でこの部屋で暮らしていた」
トゥイーリははっとして顔を上げ、マレの声に耳をかたむけている。
「そのアリスィだが、トゥイーリを産んで10日後に亡くなっていることはわかっている。だが、なぜ亡くなったのか、病死なのか、事故死なのか理由がわからない。今話せるのはここまでしかないのだ」
「そうなの……では、私の父親は誰なの?」
「それについては、今は話せないのだ。申し訳ない」
ディユ家と王族との密約は反故になったといえ、マレはトゥイーリの父親を認めていない。
「そうなの……」
トゥイーリは俯いたままつぶやき、そのままベッドに横たわり声を殺しながら泣き始めた。マレは、人間に変身すると、そのままトゥイーリの近くに座り背中をとんとんと軽くたたきあやし続けた。
しばらくすると、泣き疲れたのか、眠ってしまったようだ。
マレは起こさないように静かに抱き上げてから、布団をめくりあげ、そこに静かにおろし布団を掛けた。
部屋の灯りを消して、猫の姿に戻ると、いつものようにトゥイーリのすぐ近くで眠り始めた。
翌日、トゥイーリは朝食を食べたあと、ぼんやりと外を眺めていた。
その様子を見てマレは、
「今日から水晶玉を使った占いの勉強を始めましょう」
マレは人間に変身し、クローゼットの中から両手で包むように布で包まれた水晶玉を持ってきた。
「これはトゥイーリの母親のアリスィが使っていた水晶玉になりますが、浄化し新品同様になっています」
テーブルの上に円形で透明度の高い水晶が置かれた。
トゥイーリはその水晶玉をじっと見ながら、
「浄化って何?」
「水晶玉は使っているうちにいろんな念が入ってしまいます。なので、毎日、流水にさらして、よい状態を保つように手入れをするのですが、それが、浄化と呼ばれるものです」
「なるほど」
「今日からはトゥイーリの水晶玉となります。毎日、使ったら浄化をお願い致します」
「あっ、はい」
「よろしくお願いします。さて、水晶玉はタロットカードより手軽に占いができます。確認したいことを頭に浮かべ、水晶を見つめてください。そうするとイメージが水晶玉に現れるのです。最初は時間がかかるかもしれません」
トゥイーリは興味深く水晶玉を見ている。
「ただし、タロットカードを使った占いでも言いましたが、自分の過去・未来について占うことはできません。自分の願望が現れてしまうので、正確な答えがでないのです。いいですか?」
トゥイーリはこくんと頷いた。
水晶玉の占いについてはあっという間に習得してしまったトゥイーリにマレは
「城下町で占い師として実践経験を積むか」
と、一人呟く。
マレの発言がよく聞こえず、首を傾げたトゥイーリに
「自立するために、お金を稼ぎましょう」
意味が分からず、きょとんするトゥイーリを横目に見ながら、マレは人間に変身し外出の準備を始めるとトゥイーリにも着替えるように伝えた。
着替えが終わるとすぐに町に行き、ガエウの食堂を見つけて、ちょっとしたテストに合格したトゥイーリはガエウの食堂の一角を借りて占い師アリーナとして経験を積むことになった。
自分の占いで、人の悩みを解決し、暗い顔をしていた相談者が明るく笑顔になることが嬉しかった。
自分でも人の役に立つのだと気づいたトゥイーリは夢を持ち始めた。
そして、夢を実現しようと決心した日に自分の夢をマレに話した。
「王城を出て、占い師として生きていきたい」
マレはその言葉に驚いた。
「どういうことだ?」
「うん。占い師として、悩みを解消して明るくなった相談者をみるのが嬉しくて。もっともっと喜んでくれる人が増えたらいいなって」
マレは静かに聞いている。
「……あとね、ここにいると、自分の出生についていつまでも悩むことになる」
トゥイーリは少し俯きながら続ける。
「もう、誰も何も教えてくれないのなら、ここにいる理由はないでしょ?」
マレは言葉に詰まる。ここでトゥイーリがこの国を出てしまったら、何が起きるのか、想像したくなかった。マレは反対だ、と言おうとした時、トゥイーリと初めてあった夜にアリスィが現れた時のことを突然思い出した。
あの時、アリスィはトゥイーリに自由に生きろ、と言っていた。だけど……。
「……少し考えさせてくれ」
と伝えた。
「わかったわ」
トゥイーリは落胆を声にのせて返した。
次の日の朝、マレはトゥイーリに
「今日これから出かける、帰りは明日の夜になる」
と冷たく告げた。
トゥイーリは驚いて、
「どこに行くの?」
と聞いた。
「実家に帰る」
それだけ言い、すぐにクローゼットから外に出た。
いつもと違い、冷たい態度のマレにトゥイーリは昨日、自分の夢を話したことを後悔した。
夢を話さなければ、ここまで冷たい態度にならなかったのでは?と自分を責めた。
トゥイーリは後悔の涙を流し続けた。
ある日の夜、マテウス国王とエリアス第一王子との晩餐に呼ばれ、一緒に食事をしたあと、自分の部屋に戻る時に自分の出生の一端を知る出来事があった。
いつもは侍女のジュリアと迎えにきた国王付の近衛たちと一緒に戻るのだが、その日に限ってジュリアは用事があり仕事を休んでおり、また、ここまで連れてきてくれた国王付の近衛も見つからなかったため、ひとり王城の中を帰ることにした。
7歳の頃から始まった、国王と4歳年上の第一王子との食事会は月に2度ほどあったため、何度か往復する機会もあり、一人でも帰れる道だと思ったのだ。
その帰り道、間もなく自分の部屋だと安心したトゥイーリの耳に聞こえた声があった。
「あの部屋の娘は自分の母親だけではなく、前国王も呪い殺した」
「今の国王も呪い殺そうとしている」
「王族の子息でもないのに、なぜここにいるのか」
憎悪に満ちた声に立ち止まり、あたりを見回してみたが、人の気配は感じられなかった。
(私が、自分の母親を殺した?国王を呪い殺す?)
トゥイーリの心に疑問が浮かぶが、誰に聞けばいいのだろう?
もやもやとしたものを抱えながら、部屋に到着した。
「トゥイーリお帰り」
マレはトゥイーリの顔がこわばり、青くなっているのをみて、
「何かあったのか?」
トゥイーリはどう話せばいいのかわからず考えながら、
「今、帰り道で、王族を殺した娘だと言われたの」
その一言でマレも表情をなくす。心の中で、
(誰がそんなことを言っているのだ?)
と疑問が浮かぶが、トゥイーリの悲痛な声で思考が中断される。
「それは本当なの?」
マレは静かに首を振り、声を振り絞る。
「……それについては、わからないのだ……」
マレの苦悩に満ちた声にトゥイーリは自分の中で何かがはじけたような感覚を覚えた。
「……自分の母親と前国王を殺し、今の国王も呪い殺そうとしているって……」
そこまで話した時に、トゥイーリの頬に涙が流れていた。
「どういうことなの?マレは私の身内から頼まれてここにいるのでしょ?なぜわからない、なんて言えるの?」
マレは俯くことしかできない。トゥイーリの母親がなぜ死んでしまったのか、その理由を探っているが、いまだにはっきりと何が起きたのかよくわからないのだ。
「なぜ私がここにいるのかも知らない。そして、私の両親のことも知らない。なぜマレは何も知らないの?知っていて答えないの?」
マレはその言葉をただ聞くことしかできない。どこまでのことをいつ伝えるか、いつなら大丈夫なのか、ずっと自問自答していて答えがでていないのだ。
だけど、この王城で噂が流れているのなら、このまま押し切ることは難しいだろう。
決意を固めると、マレはふ、と息を吐いてから口を開く。
「……トゥイーリの母親は、アリスィという名前でこの部屋で暮らしていた」
トゥイーリははっとして顔を上げ、マレの声に耳をかたむけている。
「そのアリスィだが、トゥイーリを産んで10日後に亡くなっていることはわかっている。だが、なぜ亡くなったのか、病死なのか、事故死なのか理由がわからない。今話せるのはここまでしかないのだ」
「そうなの……では、私の父親は誰なの?」
「それについては、今は話せないのだ。申し訳ない」
ディユ家と王族との密約は反故になったといえ、マレはトゥイーリの父親を認めていない。
「そうなの……」
トゥイーリは俯いたままつぶやき、そのままベッドに横たわり声を殺しながら泣き始めた。マレは、人間に変身すると、そのままトゥイーリの近くに座り背中をとんとんと軽くたたきあやし続けた。
しばらくすると、泣き疲れたのか、眠ってしまったようだ。
マレは起こさないように静かに抱き上げてから、布団をめくりあげ、そこに静かにおろし布団を掛けた。
部屋の灯りを消して、猫の姿に戻ると、いつものようにトゥイーリのすぐ近くで眠り始めた。
翌日、トゥイーリは朝食を食べたあと、ぼんやりと外を眺めていた。
その様子を見てマレは、
「今日から水晶玉を使った占いの勉強を始めましょう」
マレは人間に変身し、クローゼットの中から両手で包むように布で包まれた水晶玉を持ってきた。
「これはトゥイーリの母親のアリスィが使っていた水晶玉になりますが、浄化し新品同様になっています」
テーブルの上に円形で透明度の高い水晶が置かれた。
トゥイーリはその水晶玉をじっと見ながら、
「浄化って何?」
「水晶玉は使っているうちにいろんな念が入ってしまいます。なので、毎日、流水にさらして、よい状態を保つように手入れをするのですが、それが、浄化と呼ばれるものです」
「なるほど」
「今日からはトゥイーリの水晶玉となります。毎日、使ったら浄化をお願い致します」
「あっ、はい」
「よろしくお願いします。さて、水晶玉はタロットカードより手軽に占いができます。確認したいことを頭に浮かべ、水晶を見つめてください。そうするとイメージが水晶玉に現れるのです。最初は時間がかかるかもしれません」
トゥイーリは興味深く水晶玉を見ている。
「ただし、タロットカードを使った占いでも言いましたが、自分の過去・未来について占うことはできません。自分の願望が現れてしまうので、正確な答えがでないのです。いいですか?」
トゥイーリはこくんと頷いた。
水晶玉の占いについてはあっという間に習得してしまったトゥイーリにマレは
「城下町で占い師として実践経験を積むか」
と、一人呟く。
マレの発言がよく聞こえず、首を傾げたトゥイーリに
「自立するために、お金を稼ぎましょう」
意味が分からず、きょとんするトゥイーリを横目に見ながら、マレは人間に変身し外出の準備を始めるとトゥイーリにも着替えるように伝えた。
着替えが終わるとすぐに町に行き、ガエウの食堂を見つけて、ちょっとしたテストに合格したトゥイーリはガエウの食堂の一角を借りて占い師アリーナとして経験を積むことになった。
自分の占いで、人の悩みを解決し、暗い顔をしていた相談者が明るく笑顔になることが嬉しかった。
自分でも人の役に立つのだと気づいたトゥイーリは夢を持ち始めた。
そして、夢を実現しようと決心した日に自分の夢をマレに話した。
「王城を出て、占い師として生きていきたい」
マレはその言葉に驚いた。
「どういうことだ?」
「うん。占い師として、悩みを解消して明るくなった相談者をみるのが嬉しくて。もっともっと喜んでくれる人が増えたらいいなって」
マレは静かに聞いている。
「……あとね、ここにいると、自分の出生についていつまでも悩むことになる」
トゥイーリは少し俯きながら続ける。
「もう、誰も何も教えてくれないのなら、ここにいる理由はないでしょ?」
マレは言葉に詰まる。ここでトゥイーリがこの国を出てしまったら、何が起きるのか、想像したくなかった。マレは反対だ、と言おうとした時、トゥイーリと初めてあった夜にアリスィが現れた時のことを突然思い出した。
あの時、アリスィはトゥイーリに自由に生きろ、と言っていた。だけど……。
「……少し考えさせてくれ」
と伝えた。
「わかったわ」
トゥイーリは落胆を声にのせて返した。
次の日の朝、マレはトゥイーリに
「今日これから出かける、帰りは明日の夜になる」
と冷たく告げた。
トゥイーリは驚いて、
「どこに行くの?」
と聞いた。
「実家に帰る」
それだけ言い、すぐにクローゼットから外に出た。
いつもと違い、冷たい態度のマレにトゥイーリは昨日、自分の夢を話したことを後悔した。
夢を話さなければ、ここまで冷たい態度にならなかったのでは?と自分を責めた。
トゥイーリは後悔の涙を流し続けた。