ぼやけた意識の輪郭に、ゆっくりピントがあってくる。
 徐々に脳へと血が巡り五感をつかみつつある思考の中で男は自身の置かれている状況に危機感が膨らむ。
 動かない、これまで不自由なく動かせていた四肢に力が入らない。一瞬パニックに陥りそうになる。それでも必死に思考をめぐらし精神を落ち着かせ、自問自答を始めた。
(名前は?松原ユウト。年齢は?二十五歳。最後の記憶は?仕事から帰宅後そのまま就寝)
 ゆっくりと自身の記憶を掘り起こしながら爆発しそうな不安を抑え込む。そしてある程度精神に落ち着きを得ると現状でとれる行動を探し始めた。
 一つずつできることを試してみる。するとまぶたが唯一動かすことができそうだった。ユウトはまぶたに意識を集中させ、ゆっくりと両目を開けていく。
 最初に見えたのはぼやけた光。どうやら自身が何かの液体の中にいるようだった。水の中で目を開けたとき特有のぼけた視界に経験がある。不明瞭な視界でもじっくり目を凝らし、さらに手がかりを探す。光にはムラがありそれはまるで荒削りの水晶のように見える。
(もしかすると何か透明な器に液体と一緒に入れられているのか?)
 そんなことを考えながら自身の状況を一つずつ検証していたその時、目の前に人影が写る。正面に顔が迫ったのだ。そしてユウトはその形相に圧倒される。鷲のくちばしのような大きな鼻、深い緑色の肌、そして猫やトラのような縦に割れた黄色い瞳。
 ぼやけた視界でもはっきり読み取れるほどの顔の近さは得体のしれないその形相を誇張しユウトの精神を強く揺さぶった。ユウトは何とか抑え込んでいた不安が膨張して思考を飲み込んでゆくのを感じる。意識が遠のき、まどろみの底へ墜ちていく。意識が消えてしまいそうなその瞬間、この形相はゲームかアニメで見た『ゴブリン』に似ているとユウトは思ったのだった。