「お、柚歌、やっと笑った」

「泰輝のせいだよ」

「それを言うなら、俺のおかげだろ?」

一瞬振り返った屈託ない笑顔が、ただそこで私の存在を認めていてくれる。
今までどんなに手を伸ばしても手に入らなかった物を、彼は私に惜しみなく与えてくれた。

「泰輝?」

「ん?」

「泰輝ってさ、いつも良い匂いするよね」

「どんな?」

「なんて言うか、海みたいな匂い」

「あー分かる?」

泰輝は照れたように笑って、その匂いの正体が海の男をイメージした香水なのだと教えてくれた。
私は彼が海のようになりたいと言った、私たちのはじまりの日に思いを馳せた。

生暖かい向かい風とブレーキの音を思い切り吸い込む。
波のような強さも、砂浜の暖かさも、深い深い青色も、全部ここにあるような気がした。

「ねぇ、泰輝」

「うん?」

「……泰輝はさ、私の海だよ」

大きくて広い背中におでこをつけて、私はただただ息をしていた。